民法学

法的なものの考え方は、卒業後にどの道に進んでも活かすことができる財産だ

遠藤先生インタビュー

遠藤研一郎先生 中央大学 法学部

◆民法学とはどんな学問でしょうか。

 

民法学は、国家から独立して存在する「市民社会」における市民間相互をコントロールするルールのことを意味します。例えば、売買契約を締結したけれど商品が不良品であった場合、隣人同士で境界線がどこかもめた場合、人が死亡して多額の財産が遺された場合、結婚したカップルが分かれることになった場合、駅で酔っ払いに殴られてケガをした場合など、市民社会の中で様々なトラブルが生じた場合、それを解決するためのルールが必要ですよね。その最も基礎となるルールが「民法(民法典)」です。

 

民法は、1896年に前3編(総則・物権・債権)が公布され、続いて、1898年に後2編(親族・相続)が公布され、全体として1898年に施行されたものです。すなわち、既に120年近く使われている法律ですが、今現在、よりわかりやすく、そして、世界基準に合うように、大きな法改正の議論がされています。

 

民法を学ぶ際には、対立する利益の調整がとても大切になります。どちらかが一方的に悪いというのではなく、「所有権」と「公共の福祉」が対立しますし、「企業の利益」と「労働者や消費者の権利」が対立します。そのような利益・権利をバランスよく考えながら、ルールを組み立てていくところに、民法の難しさ(そして、面白さ)があります。

 

◆先生はどのようなことを研究されていますか。

 

私は、民法の中でも、特に、「債権管理・回収」に関する領域を研究しています。例えば、AさんがBさんにお金を貸したら、AさんはBさんに、「貸したお金を返してくれ!」と主張する権利(債権)を持ちますが、その権利を実現するためには、きちっとその債権を管理し、また、回収をしなければならないのです。特に、Aさん以外にも債権者がいる場合には、Bさんからの回収は債権者間同士で競争になるかもしれません(特に、Bさんに財力がない場合)。その場合には、きちんと、どの債権者にどれくらい回収を認めてあげるのが妥当なのかを検討しなければなりません。早い者勝ちが良いのか、特別に保護してあげた方が良い債権者はいないか、特定の債権者が優先的に回収してもらえる約束を債務者(B)としていたらどうか、保証人がついていた場合はどうかなど、様々な要素を考えながらルール作りをします。

 

このような債権管理・回収のルール作りは、(特に、信用取引というものが発達している日本において)私たちが安心して経済活動を行うために、必要不可欠なことです。

 

◆先生が指導されている学生の研究テーマ・卒論テーマ、大学院生の研究テーマを教えてください。

 

連帯債権に関する研究 / 約款取引に関する研究 / シンジケート・ローンに関する法的研究 / 製造物責任法における「欠陥」概念の研究 / 契約が第三者に不利益をあたえる場合における当該契約の有効性の研究

 

◆先生のゼミや研究室の卒業生は、どんな就職先でどんな仕事をされていますか。

 

私の担当しているゼミの学生は、最近は、法曹志望の人が多くて、法科大学院の入学を目指したり、在学中に予備試験や司法試験に挑戦したりしています。でも、一言で「法曹」といっても、なりたい法曹像がそれぞれ違います。例えば、ディズニーが好きで、エンターテイメント関連の会社の弁護士になりたい人もいれば、自分自身の両親の離婚の経験から、DVに悩む女性を支援するための弁護士を目指す人もいます。中立な立場から法を運用したいと考えて裁判官を志す人もいれば、政治汚職を正したいと考えて検事を志望する人もいます。

 

もちろん、法曹志望以外の学生もたくさんいます。在学中に1年間、アメリカに留学した後に、その経験を活かして企業(メーカー)に就職し、今、法務部で契約書のチェックや特許権の管理などをしている人もいます。髪の毛を七色に染めておしゃれだった人が、国家公務員総合職に合格して、現在、経済産業省で働いていたりもします。

 

要は、みんなそれぞれです。でも、共通して言えることは、「法的なものの考え方」をしっかりと持っているということです。法的なものの考え方は、卒業後にどの道に進んでも、活かすことができる財産です。

 

◆研究室やゼミでは、どのような指導、内容の講義をされていますか。また、どのような学生が、先生の分野の研究には向いていますか。

 

私が担当しているゼミでは、具体的な事例や判例を素材として、それを民法の観点から検討しています。授業を正式に履修していなくても、民法が好きな学生が、たくさん参加してくれます。また、サブゼミ(授業時間以外の自主的な勉強会)も開いて、法律文書の書き方を学んだり、最新の最高裁判例を一緒に読んだり、論文の作成にチャレンジしたりしています。取り上げる内容は、医療過誤、名誉棄損、契約トラブル、公害問題、自動車事故、消費者問題など様々です。夏休みに実施する合宿では、夜中まで議論を続けます(…私は、お風呂に入って、さっさと寝たいのですが、ゼミ生が寝かしてくれません…笑)。

 

なお、民法は、事例分析の中で、「利益衡量」というものをよく行います。具体的場面で、対立している利益を天秤にかけ、どちらの人の方を保護すべきか判断するのです。勿論、感情論だけではいけません。法律の条文を使いながら、しかし、結果の妥当性を見極めながら、周囲が納得するような解決方法を、事件の当事者の立場に立って、必死に考えるのです。

 

この分野を学ぶのに、向き不向きはありません。特殊な能力も一切要りません。社会問題と向き合い、それを解決したいという知的好奇心と知的欲求さえあれば、誰でも研究できる分野です。

 

◆先生は研究テーマをどのように見つけたのかを教えてください。

 

私の場合は、大学院生の時に、他の国の制度を勉強している中で、「あれ?日本と違うルールだぞ!」と感じたことがきっかけでした。調べれば調べるほど、各国の法制度(そして、広くは法文化)が異なることに驚き、ハマっていってしまいました。少しだけでも視野を広げてみることによって、違った物の見方ができる可能性があります。そして、「あれ?」と思った時には、それを絶対見過ごさないで、徹底的に、「今のままでいいのか?」と自分の中の常識を疑ってみることです。どのような学問でも、疑いを持つことから、発見は始まります。

 

◆この分野に関心を持った高校生に、具体的なアドバイスをお願いします。

 

ともかく「社会」に関心を持つことです。日本で、今、年間で何人の人が自殺をしていますか?その原因は何ですか? 交通事故の件数は? 貧困問題って何でしょう? セクシャル・マイノリティの人たちは、社会に何を求めていますか? 高齢化社会がもたらす未来は? 将来起こるかも知れない災害対策は? 国際結婚がもたらしている問題は? TPPによって何が変わる? 地球規模での環境対策は進展がある? 難民問題はどこの国の話?・・・。今、日本で、また、世界で起こっている現実から、目を背けてはいけません。

 

また、そのような問題に対して、どのようにすべきか、自分なりの意見をしっかり持つことです。高校生なりの意見でいいのです。傍観者にならずに、自分自身が主体的に考え続けることです。私たち一人一人ができることは限られています。でも、いろいろな問題に対して、「自分の言動で社会を変えられる」と信じなければ、何も変えられません。

 

専門的な知識は、大学へ入ってからで十分です。まずは、「これでもか~!」というくらい、高校での勉強をしっかりやりましょう。全ての科目が、みなさんの下地になります。また、部活も恋愛も、一度しかない高校生活を全力でやりましょう。苦かったり酸っぱかったり辛かったりする思いが多いほど、みなさんの中で「社会性」が身につきます。法学は、「社会」の中に生きている学問です。社会的な存在でなければ、法学と向き合うことが困難です。

  

◆高校時代は、どのように学んでいたか、何に熱中していたかを教えてください。

 

部活ばっかりやっていました。ちなみに、高校3年生の時から、あるスイミングスクールのインストラクターをしていました(学部時代、そして、修士課程の2年生まで!)。右の写真は、その時の1コマです。

 

◆関連記事

 

高校生のための模擬講義を撮影したものとして、

学びの回廊2014年度版「判決文を読んでみよう」

学びの回廊2011年度版「われわれの社会と『契約法』」

 

連続市民講座を撮影したものとして、

学びの回廊2012年度版「リスク社会と向き合う-過去・現在・未来-」

 

いずれも、民法の内容を平易に解説しているものです。よかったら、覗いてみてください。

 

『高校生からの法学入門』執筆者・遠藤先生よりメッセージ

◆遠藤先生執筆

「第9章 山本君、ケガしたってよ」

第9章では、「損害賠償」の世界を取り上げています。私たちは、故意(わざと)または過失(不注意)で他人の権利などを侵害した場合には、損害賠償しなければなりません。そして、損害賠償の問題は、私たちの社会で、様々な場面で登場します。自動車事故、名誉棄損、プライバシー侵害、公害、医療過誤、いじめ・・・。その際に、誰が、どのようなことを前提として、どれくらいの額の損害賠償を負担するのが適切なのかについての仕組みづくりは、被害者救済のために、とても重要になります。本章では、学校事故を例にして、責任の主体が誰かを探っています。責任の広がり(または、その限界)を感じ取ってもらえればと思います。

 

また、「顕在化したリスクの負担」という視点からは、解決方法は、損害賠償に限りません。保険、被害者救済制度、社会保障など、様々なアプローチがあります。事故が起きたら、起こした人(加害者)が責任を負え!という発想ではなく、誰にでも起こるリスクなのであれば、みんなで負担し合いましょうという発想です。その仕組み(ルール)作りは、法学部で専門的に学びますが、本書で、損害賠償制度を「相対化する」という見方もしてもらいたいです。また、誰がどのようなリスクを負担するのが、社会にとって有益なのかというバランス感覚が大切であるということを感じとってもらいたいと思います。

 

※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。

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興味がわいたら

『ヴェニスの商人』

ウィリアム・シェイクスピア 福田恆存:訳(新潮文庫刊)

本作品の主題とは別に、法学的な観点からも素材として挙げられることの多い作品です。シャイロックとアントーニオの間で交わす「契約」、海難事故、ポーシャが行う「法の解釈」などが興味深いです。本でもDVD(映画)でも劇でもいいですから、一度、作品に触れてみることをお薦めします。

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『居住福祉法学の構想』

吉田邦彦(東信堂)

例えば、みなさんが、震災で家が倒壊して、住むところがなくなったとしたらどうしますか? 自分の家の財力で、新たな住まいを確保しますか? では、財力がない人はどうすればいいのでしょう? 社会で助け合うべきですか? 民法研究者である筆者が、市場主義の現状を批判し、「居住福祉法学」を構想します。

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『レインメーカー』

フランシス・F・コッポラ監督作品。白血病に罹患した患者が、保険会社から保険金の支払いを拒絶されたために、治療を受けられずに死亡します。保険会社は、ある保険約款条項を盾に正当性を主張するのですが・・・。1997年制作。マッド・デイモン主演。ジョン・グリシャムの小説『原告側弁護人』の映画化。

 

『白い巨塔』

山崎豊子(新潮文庫刊)

財前と里見という2人の対照的な医者を軸として展開される、医学界の腐敗を鋭く追及した社会派長編小説。何度もテレビドラマ化されています。ストーリーの中の、医療過誤訴訟が損害賠償・民事訴訟の参考になったり、また、医学部内部の権力闘争が、選挙制度や組織法とも通じる部分があったりと、法学を学ぶ者にとって、様々な材料を提供してくれます。

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その他には、

広く民事法に興味があれば

『ハゲタカ』(真山仁著、講談社文庫、NHKで大森南朋主演でドラマ化)、『ウォール街』『ウォール・ストリート』(どちらもオリバー・ストーン監督)、『キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け』(リチャード・ギア主演)、『金融腐蝕列島 呪縛』(役所広司主演)など企業買収、乗っ取り関係の作品は多数あります。

◆民法の中でも「家族」ついて興味があれば

(C)毛利甚八・魚戸おさむ/小学館
(C)毛利甚八・魚戸おさむ/小学館

『家栽の人』(毛利甚八:作 魚戸おさむ:画、小学館ビッグコミックス)家庭裁判所判事を主人公とし、家事事件、少年事件について描かれています。他に、『クレイマー、クレイマー』(ダスティン・ホフマン主演)など。

◆契約や債権回収に興味があれば

『ナニワ金融道』(青木雄二著、講談社モーニングKC)、『レオン』(ジャン・レノ主演)、『幸福の条件』(ロバート・レッドフォード主演)など。

 

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