都市社会学・地域社会学
みらいぶプラス 学問本オーサービジット(協力:筑波大学)
ポスト3.11の「安心」のかたち ~異なる立場の住民同士が話し合うことから生まれた安心感
~神奈川県立多摩高校オーサービジット
五十嵐泰正先生 筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻
動画制作協力:新造真人、木下雄介、神奈川県立多摩高等学校

参加者:神奈川県立多摩高校有志6名 応家太郎くん、相沢凪さん、菊間倫也くん、八下田みずほさん、池谷ゆりさん (+先生2人)

自分の住む町が、ある日、放射能汚染のホットスポットになってしまったら、どうする?そんな想像もしなかったことが起こってしまった町があります。
神奈川県立多摩高校で開催されたオーサービジット。対象となった本は、『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』(五十嵐泰正+「安全・安心の柏産柏消」円卓会議:著)です。
著者の五十嵐泰正先生は、筑波大学の社会学者。東日本大震災の10日後、五十嵐先生の住む千葉県柏市は、放射能汚染の雨に襲われました。以来、柏を愛する一市民として、現在は代表も務めているまちづくり団体のストリート・ブレイカーズを事務局に、農家や消費者、流通・飲食店を巻き込んだ円卓会議を立ち上げます。なぜみんなで決める必要があるのか。その結果見える「安心」のかたちとは? 原発事故が生んだ住民たちのつながりの崩壊=分断を分析し、その再生を目指す社会学とは? オーサービジットに集まった高校生有志6人に、語りかけました。
第1回 原発事故が生んだ住民の「壊れたつながり」を前に~参加し合意形成をめざす社会学

僕の専門は社会学です。その中でも特に、都市や地域のあり方を理解し分析する、都市社会学・地域社会学が専門です。中でも僕は、地域に住む人々のコミュニケーションや合意形成のあり方を、実際に社会的活動に関わりながら、考えています。
わかりやすく言うと、地域活性化みたいなことは守備範囲です。最近ではコミュニティ・デザインと呼ばれているようなこともかなり近いと言えるでしょう。
僕の研究は、フィールドワークとしての調査をしつつも、自らの社会学者としての知見や方法を用いつつ、実際の社会に影響を及ぼす何らかの実践を重視する、そういうスタイルをとっています。その代表的な成果が書かれているのが、『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』です。これはタイトル通り柏の一年のドキュメンタリーであり、社会学者としての新たな試みを書き留めた本でもあります。
東日本大震災の10日後、僕の住む柏市は放射能汚染のホットスポットになりました。実は柏は野菜栽培が盛んな土地柄です。その柏産の野菜について、ネットで「柏の農家は毒を作るのか」と叩かれました。
社会学的に見ると、原発事故のもたらした最大の悲劇はコミュニティの「分断」です。同じ地域の中でさえ、こうした状況の中では農家と消費者は違う景色を見ている。それが深い溝を生み出します。「安全・安心の柏産柏消」円卓会議にも、当初は「分断」はありました。
円卓会議の参加者は、消費者(一般住民)、農家、スーパーや直売所といった流通業者、飲食店です。最初の会合では重い空気が流れました。消費者としては、農家に放射能の測定をしてもらいたい。でも農家は、それはそんな簡単なことじゃないと言って腰が重い。彼らも測定の重要さはわかっていたんですが、農家にとって、農業を生業とすることは地域のコミュニティの中で生活することと同義なので、先走って測定して万が一地域の農業全体に影響を及ぼす悪い数字が出てしまったら、もう柏に住めないって悩んでいたんですね。彼らの抱えているそういう重い現実を、事務局だったストリート・ブレイカーズも含め、消費者はなかなか理解できない。こういうところで、お互いなんでそんなふうに思うんだろうっていう相互理解を進めるところから始めないと、何も話が進んでいかなかったんです。

なぜこのような分断は起きるのでしょう。突き詰めればそれは移動性の問題に関わっていると、社会学の知見から分析することができました。農家は代々目の前の土地で土を作り、その土地に特化した農業を営んできたので、放射線リスクを前にしてもそう簡単に別の場所でまったく違う作物を作ることはできません。一方、都市住民は、比較的簡単に引越しできますし、何より転居や疎開はしないまでも、食べ物というまさに身体を作るものを、スーパーマーケットの棚からどこ産のものでも自由に、ノーリスクで選べますよね。いわゆる「風評被害」と呼ばれるものも、この移動と選択に対する、消費者と生産者の圧倒的な非対称性から生じている側面があります。
このようにして原発事故は、被災地から離れた1つの同じ地域の中でさえ、コミュニティに深い溝をもたらしたのです。この溝を埋め、現場の知恵を掬い上げ、どうやって合意形成するか。その現場を社会学の知見と方法で観察してそこから新しい知見を見出し、さらには実際に何かを作り上げることまでやってみる、ということは、僕にとって社会学者としての大きなチャレンジでした。
興味がわいたら

『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』
五十嵐泰正+「安全・安心の柏産柏消」円卓会議(亜紀書房)
ベッドタウンでありながら首都圏有数の農業地帯でも柏市では、2011年、放射能のホットスポットとなったことで、その「地産地消」のあり方が大きく揺れます。そんなとき立ち上がったのが、農家・消費者・流通業・飲食からなる「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。利害の異なる人たちが熟議を重ね、協働的に土壌と野菜の放射能を測定し、情報公開を行うことで、一歩一歩信頼と「安心」を取り戻していった円卓会議の一年間の歩みを、ドキュメントや関係者のインタビューなどで克明に再現した本です。
この本は、私の専門である都市社会学・地域社会学の中心的なテーマを直接扱っているわけではありませんが、社会学を学ぶことで、様々な立場の人たちに耳を傾けて、その利害や思いを「調整」するというセンスを身につけることができ、また、こうした「調整」を市民サイドが担っていくことがますます必要になってきている、ということを伝えたいとも思います。
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『なぜローカル経済から日本は甦るのか』
冨山和彦(PHP新書)
賛否両論ある著者ではあるが、グローバルとローカルの2つの経済圏がまったく異なる論理で動いていることを、豊富な実践経験から説得的に論じている本です。
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『ローカル志向の時代』
松永桂子(光文社新書)
上記でいうローカルな経済圏に新たな「生態系」を築こうとしている若者たちと、そういう人たちが集まる地域の条件を、これも豊富な実例を挙げて論じています。企業に勤めるだけではない生き方を考えている人に特におすすめです。
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『住宅政策の何が問題か』
平山洋介(光文社新書)
居住の貧困と空き家問題が並行する、非常に歪んだ日本の住宅事情の根源を極端な持ち家主義に求めて歴史的・政策的に分析し、社会政策としての住宅政策という世界標準の考え方を提唱しています。

『よくわかる都市社会学』
中筋直哉、五十嵐泰正:編(ミネルヴァ書房)
高校生も関心あるような一見「意外」なトピックから硬派な理論的なトピックまで、見開き2ページごとの「読み物としても面白い辞典」形式の教科書。社会学の一分野としての都市社会学のみならず、都市計画や地理学、都市史といった隣接分野の気鋭の研究者も数多く執筆し、総合的な「都市社会学」のガイドとなっているのが特徴です。
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高校生へのおすすめ作品
『グラントリノ』
クリント・イーストウッド主演・監督の映画。背景を知れば知るほど、アメリカの衰退する都市における重層的な差別構造がうまく描かれていることがわかる。ややファンタジックな結末への批判的な検討も含めて、アメリカ人はこの映画に何を見たかったのかを考えてみるといいと思います。

『闇金ウシジマくん』
真鍋昌平(小学館ビッグコミックス)
「エグい」描写も多いが、ドラマ・映画版より、現代社会の諸相を切り取る漫画として評価の高い原作がお勧め。特に「フリーターくん編(7~9巻)」「楽園くん編(16~17巻)」など。『社会学ウシジマくん』(難波功士著)という「副読本」もあわせて読むといいでしょう。若者の貧困や機会の不平等といった現実により焦点を当てた作品としては、漫画『ギャングース』(肥谷圭介、鈴木大介著)もお勧めできます。
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『コンビニ人間』
村田沙耶香(文藝春秋)
2016年芥川賞受賞作。現在の「マニュアル化された社会」を、よくある疎外論(「○○が失われている、奪われている」という語り口)を完全にひっくり返して、「ムラ社会からの解放」として描き切っている現代的な感性が、きわめて興味深い作品です。
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五十嵐泰正先生インタビュー
「将来の仕事選びのヒントとなる働き方に関する本」多摩高校からもブックガイド
このオーサービジットは、被災地への修学旅行研究の事前学習の延長として、関心を持った高校生たちと国語の先生とで企画されました。その事前学習で扱われた「将来の仕事選びのヒントとなる働き方に関する本」をここでも紹介します。
都市社会学、地域社会学でリードする研究者/社会学でリードする大学
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※2016 学問本オーサービジットのご案内(昨年の募集案内です)