都市社会学・地域社会学

みらいぶプラス 学問本オーサービジット(協力:筑波大学)

ポスト3.11の「安心」のかたち ~異なる立場の住民同士が話し合うことから生まれた安心感

~神奈川県立多摩高校オーサービジット

五十嵐泰正先生 筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻

第2回 社会学の研究手法・アンケート調査が、住民の分断を変えるきっかけに

個人的には、社会学という人々の様々な声に耳を傾けようとする学問の特性は、その方法が、多様な人々の利害や思いを調整することに最も真価を発揮できることだと考えています。今回取り上げているイシューで多様な市民の声を「調整」することとは、放射線防護を「社会化」する試みでもあります。ほかの様々なリスク判断と同様に、放射線防護は本来、科学的なデータに基づいて、防護することの社会的なメリットとディメリットを秤りにかけ、どの程度の基準を採るべきか、多様な利害を持った人々からなる社会の「みんなで」決めるべきものなんです。

 

円卓会議発足当初の重苦しい空気を脱して合意形成を築く転機となったのは、幼稚園保護者対象のアンケート調査でした。ここで、社会調査とその分析という、社会学を学ぶことで得られる重要なスキルの1つが大いに役立ちました。

 

集計結果は非常に興味深いものでした。アンケート対象者である幼稚園児の保護者は、子どもの健康のために最も放射能を気にしているお母さんたちですが、汚染事故前にジモト野菜を買っていた人ほど、事故後はジモト野菜を買い控えていることが明らかになったのです。考えてみれば、元来地産地消を支持する人たちは食の安全に関心が高い層なので、事故後に買い控えが進むのは納得の結果ですよね。

 

それに加えて重要なことを示していると感じたのは、「どうしても買う気になれなくてジモトの農家に申し訳ない」という自由回答が多かったことです。これは、“放射能ママ”は潜在的にジモト農家のいいお客になるはず、ということを示していましたし、これで農家も彼女たちは農家を攻撃する「敵」ではないと理解してくれるだろうと、手応えを得ることができました。アンケート調査の結果をこのように解釈できたことで、このピンチをチャンスに変えて、生産者―消費者の「顔の見える関係」を築いていこう、と農家にも強く訴えかけていくことができたのです。

 

もう1つ、この調査から明らかになったのは、放射能を測定し、結果を発信する主体が誰かということの重要性です。当時は行政不信が強く、残念ながら小売店や農家からの情報発信はさらに信頼されていない結果でした。この調査結果が示していたのは、「同じ不安を抱える市民」が一定の専門家のサポートを受けながら自ら測定し公表した場合の信頼度の高さで、これは同じ価値観を持った人からの双方向的な情報発信が重要だとするリスク心理学の知見と合致したものでした。

 

そうやって市民が自ら測定した数値を発信していくことは、行政の発表した数値のセカンドオピニオンにもなるでしょう。セカンドオピニオンとは、医療の世界でよく使われる言葉ですが、主治医以外の医師に求める第2の意見は、よりよい決断をするために大事なものです。

 

それなら市民による放射能汚染の測定をしてみようというふうに、円卓会議の方向性が一気に定まりました。そうすると次のステップは、この円卓会議に適した放射能測定メソッドの開発です。

 

興味がわいたら

『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』

五十嵐泰正+「安全・安心の柏産柏消」円卓会議(亜紀書房)

ベッドタウンでありながら首都圏有数の農業地帯でも柏市では、2011年、放射能のホットスポットとなったことで、その「地産地消」のあり方が大きく揺れます。そんなとき立ち上がったのが、農家・消費者・流通業・飲食からなる「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。利害の異なる人たちが熟議を重ね、協働的に土壌と野菜の放射能を測定し、情報公開を行うことで、一歩一歩信頼と「安心」を取り戻していった円卓会議の一年間の歩みを、ドキュメントや関係者のインタビューなどで克明に再現した本です。

 

この本は、私の専門である都市社会学・地域社会学の中心的なテーマを直接扱っているわけではありませんが、社会学を学ぶことで、様々な立場の人たちに耳を傾けて、その利害や思いを「調整」するというセンスを身につけることができ、また、こうした「調整」を市民サイドが担っていくことがますます必要になってきている、ということを伝えたいとも思います。

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『なぜローカル経済から日本は甦るのか』

冨山和彦(PHP新書)

賛否両論ある著者ではあるが、グローバルとローカルの2つの経済圏がまったく異なる論理で動いていることを、豊富な実践経験から説得的に論じている本です。

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『ローカル志向の時代』

松永桂子(光文社新書)

上記でいうローカルな経済圏に新たな「生態系」を築こうとしている若者たちと、そういう人たちが集まる地域の条件を、これも豊富な実例を挙げて論じています。企業に勤めるだけではない生き方を考えている人に特におすすめです。

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『住宅政策の何が問題か』

平山洋介(光文社新書)

居住の貧困と空き家問題が並行する、非常に歪んだ日本の住宅事情の根源を極端な持ち家主義に求めて歴史的・政策的に分析し、社会政策としての住宅政策という世界標準の考え方を提唱しています。

 

『よくわかる都市社会学』

中筋直哉、五十嵐泰正:編(ミネルヴァ書房)

高校生も関心あるような一見「意外」なトピックから硬派な理論的なトピックまで、見開き2ページごとの「読み物としても面白い辞典」形式の教科書。社会学の一分野としての都市社会学のみならず、都市計画や地理学、都市史といった隣接分野の気鋭の研究者も数多く執筆し、総合的な「都市社会学」のガイドとなっているのが特徴です。

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高校生へのおすすめ作品

『グラントリノ』

クリント・イーストウッド主演・監督の映画。背景を知れば知るほど、アメリカの衰退する都市における重層的な差別構造がうまく描かれていることがわかる。ややファンタジックな結末への批判的な検討も含めて、アメリカ人はこの映画に何を見たかったのかを考えてみるといいと思います。

 

『闇金ウシジマくん』

真鍋昌平(小学館ビッグコミックス)

「エグい」描写も多いが、ドラマ・映画版より、現代社会の諸相を切り取る漫画として評価の高い原作がお勧め。特に「フリーターくん編(7~9巻)」「楽園くん編(16~17巻)」など。『社会学ウシジマくん』(難波功士著)という「副読本」もあわせて読むといいでしょう。若者の貧困や機会の不平等といった現実により焦点を当てた作品としては、漫画『ギャングース』(肥谷圭介、鈴木大介著)もお勧めできます。

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『コンビニ人間』

村田沙耶香(文藝春秋)

2016年芥川賞受賞作。現在の「マニュアル化された社会」を、よくある疎外論(「○○が失われている、奪われている」という語り口)を完全にひっくり返して、「ムラ社会からの解放」として描き切っている現代的な感性が、きわめて興味深い作品です。

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五十嵐泰正先生インタビュー

幅広い職種や経済状態の大人で構成された地域団体に入って「揉まれて」みよう

五十嵐泰正先生インタビュー

筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻

 

「将来の仕事選びのヒントとなる働き方に関する本」多摩高校からもブックガイド

このオーサービジットは、被災地への修学旅行研究の事前学習の延長として、関心を持った高校生たちと国語の先生とで企画されました。その事前学習で扱われた「将来の仕事選びのヒントとなる働き方に関する本」をここでも紹介します。

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2016 学問本オーサービジットのご案内(昨年の募集案内です)