都市社会学・地域社会学

みらいぶプラス 学問本オーサービジット(協力:筑波大学)

ポスト3.11の「安心」のかたち ~異なる立場の住民同士が話し合うことから生まれた安心感

~神奈川県立多摩高校オーサービジット

五十嵐泰正先生 筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻

第3回 畑の高濃度スポットを“狙い撃ち”で計測する~「顔の見える」関係構築のために、独自の放射能測定メソッドを開発

柏に放射能のホットスポットとして最大の危機が訪れたのは、2011年10~11月でした。JR北柏駅に近い根戸地区の住宅地で、非常に高い空間放射線量率が検出され、メディアも大騒ぎしました。さらにそこに、「安全宣言」が出たはずの福島市のコメから、基準値以上の放射性物質が検出されるというニュースが続きました。

 

これによって行政はやはり信用できない、柏の農地にも超濃縮スポットがあるのでないか、そこで採れた農産物が検査をすり抜けて流通しているんじゃないかという不安に連想が働き、柏の農産物直売所は、この震災から8か月後の時期に、事故後最悪の売上4割減になってしまいました。しかし、小規模で資金力にも乏しい市民活動が、どうやって、こんな不安を払拭できるようなやり方で、放射能を計測すればよいのでしょう。

 

行政や大手の流通が行っている一般的なやり方は、出荷後の抜き打ちのサンプル検査です。しかし、これでは超濃縮ホットスポットで栽培された農産物が検査をすり抜けているのでは、という消費者の不安に応えることはできません。その不安を払拭するには、とにかくたくさんの検体を高精度で測定すればいいのでしょうが、僕たちが調べられる検体数は限られていますし、精度の高い測定をすると非常にコストもかかります。しかしその一方で、柏という地域に根付いた僕たちの活動には、野菜が栽培されている個々の圃場に実際に足を運び、その生育環境を確認しながら測定できるという強みがあります。そして、この「ピンチをチャンスに」変えて、地域の消費者と生産者の関係構築を掲げる円卓会議の放射能測定は、このプロジェクトに参加する個々の農家の顔の見える形で発信しなければ意味がありません。

 

そこで僕たちが採用したのは、まず簡易の測定器を農場に持ち込みひたすら畑の土壌の放射能濃度を測定し、そこに様々なリスク要因を勘案してその個別の農場で最もリスクの高いスポットを特定し、それからそこで採れた野菜を検体として精密に測定するというやり方です。要するに畑の高濃度スポットを“狙い撃ち”して計測するという方法で、それでもそのリスクの高い野菜の放射能濃度が一定基準以下だったら、その農家を「My農家」として自信を持ってお勧めするという発信の仕方をしました。この方法は、消費者に一定の「納得感」を与えることができたと思います。

 

この測定の中でとても大事にしたのは、測定ボランティアを募り、消費者・飲食店のシェフなどのプロジェクトに関わる「みんな」が、実際に農場に行き、農家と一緒に測定したことです。それは、消費者―生産者の間に“顔の見える関係”を作る機会にもなりました。そして、農家にとっては、ここまで徹底した測定に自ら携わることで、自分は放射能を気にする消費者よりもよっぽど科学的な知識を持っているし、自分の畑のコンディションは完全に把握しているぞという自信を持ち、農業への誇りを取り戻すことができたことが重要でした。

 

さらに僕たちは、それを超えたら測定農家に出荷を自粛してもらう、このプロジェクトにおける自主基準値を20ベクレル/kgに設定しました。ただこれは、2012年4月に国の基準値が100ベクレル/kgに引き下げられるのと同じ時期に発表したので、メディアでも大きな注目を集めましたが、これを僕たちは何らかの絶対的な基準とは考えていませんでした。そうではなくて何より重要なことは、これは農家、消費者、飲食店、流通業者、そして実際の測定に携わる測定NPOと、立場の異なる者が何か月もかけて意見をすりあわせて決めた値だったということです。基準値を決めるのは国で市民はそれに従うか反発するか、というだけの関係性が続いていた状況で、まさにこうしたローカルな合意形成の取組こそが重要だと、柏から問いかけることができたのではないでしょうか。

 

つづく

 

興味がわいたら

『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』

五十嵐泰正+「安全・安心の柏産柏消」円卓会議(亜紀書房)

ベッドタウンでありながら首都圏有数の農業地帯でも柏市では、2011年、放射能のホットスポットとなったことで、その「地産地消」のあり方が大きく揺れます。そんなとき立ち上がったのが、農家・消費者・流通業・飲食からなる「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。利害の異なる人たちが熟議を重ね、協働的に土壌と野菜の放射能を測定し、情報公開を行うことで、一歩一歩信頼と「安心」を取り戻していった円卓会議の一年間の歩みを、ドキュメントや関係者のインタビューなどで克明に再現した本です。

 

この本は、私の専門である都市社会学・地域社会学の中心的なテーマを直接扱っているわけではありませんが、社会学を学ぶことで、様々な立場の人たちに耳を傾けて、その利害や思いを「調整」するというセンスを身につけることができ、また、こうした「調整」を市民サイドが担っていくことがますます必要になってきている、ということを伝えたいとも思います。

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『なぜローカル経済から日本は甦るのか』

冨山和彦(PHP新書)

賛否両論ある著者ではあるが、グローバルとローカルの2つの経済圏がまったく異なる論理で動いていることを、豊富な実践経験から説得的に論じている本です。

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『ローカル志向の時代』

松永桂子(光文社新書)

上記でいうローカルな経済圏に新たな「生態系」を築こうとしている若者たちと、そういう人たちが集まる地域の条件を、これも豊富な実例を挙げて論じています。企業に勤めるだけではない生き方を考えている人に特におすすめです。

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『住宅政策の何が問題か』

平山洋介(光文社新書)

居住の貧困と空き家問題が並行する、非常に歪んだ日本の住宅事情の根源を極端な持ち家主義に求めて歴史的・政策的に分析し、社会政策としての住宅政策という世界標準の考え方を提唱しています。

 

『よくわかる都市社会学』

中筋直哉、五十嵐泰正:編(ミネルヴァ書房)

高校生も関心あるような一見「意外」なトピックから硬派な理論的なトピックまで、見開き2ページごとの「読み物としても面白い辞典」形式の教科書。社会学の一分野としての都市社会学のみならず、都市計画や地理学、都市史といった隣接分野の気鋭の研究者も数多く執筆し、総合的な「都市社会学」のガイドとなっているのが特徴です。

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高校生へのおすすめ作品

『グラントリノ』

クリント・イーストウッド主演・監督の映画。背景を知れば知るほど、アメリカの衰退する都市における重層的な差別構造がうまく描かれていることがわかる。ややファンタジックな結末への批判的な検討も含めて、アメリカ人はこの映画に何を見たかったのかを考えてみるといいと思います。

 

『闇金ウシジマくん』

真鍋昌平(小学館ビッグコミックス)

「エグい」描写も多いが、ドラマ・映画版より、現代社会の諸相を切り取る漫画として評価の高い原作がお勧め。特に「フリーターくん編(7~9巻)」「楽園くん編(16~17巻)」など。『社会学ウシジマくん』(難波功士著)という「副読本」もあわせて読むといいでしょう。若者の貧困や機会の不平等といった現実により焦点を当てた作品としては、漫画『ギャングース』(肥谷圭介、鈴木大介著)もお勧めできます。

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『コンビニ人間』

村田沙耶香(文藝春秋)

2016年芥川賞受賞作。現在の「マニュアル化された社会」を、よくある疎外論(「○○が失われている、奪われている」という語り口)を完全にひっくり返して、「ムラ社会からの解放」として描き切っている現代的な感性が、きわめて興味深い作品です。

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五十嵐泰正先生インタビュー

幅広い職種や経済状態の大人で構成された地域団体に入って「揉まれて」みよう

五十嵐泰正先生インタビュー

筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻

 

「将来の仕事選びのヒントとなる働き方に関する本」多摩高校からもブックガイド

このオーサービジットは、被災地への修学旅行研究の事前学習の延長として、関心を持った高校生たちと国語の先生とで企画されました。その事前学習で扱われた「将来の仕事選びのヒントとなる働き方に関する本」をここでも紹介します。

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