都市社会学・地域社会学

幅広い職種や経済状態の大人で構成された地域団体に入って「揉まれて」みよう

五十嵐泰正先生インタビュー

筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻

◆先生の専門分野である、都市社会学・地域社会学を簡単に説明ください。

 

都市(や地域)をめぐる学問には、都市社会学のほかにも、都市計画、都市史、都市地理学、都市経済学など様々な隣接領域があり、特に日本では、工学の中に含まれる都市計画の領域の、都市(や地域)をめぐる政策的・社会的な発言力が非常に強くなっています。もともとはおおざっぱに言えば、土木や建築に関わるいわゆる都市のハード面を見るのが都市計画、都市における人々のコミュニケーションやコミュニティを見るのが都市社会学という役割分担にはなりますが、現状では工学系の人たちがソフト面も含めて論じる傾向が強く、もっと都市社会学は頑張らなければいけないと思います。

 

◆先生が指導されている学生の研究テーマ・卒論テーマ、大学院生の研究テーマを教えてください。

 

 ・様々な世代にとっての「ショッピングモール」という意味

 ・「本のある空間」の現在

 ・女性と生業:ワークライフバランスと起業

 ・集落営農と農村コミュニティ――人・農地プランを中心に

 ・原発避難と「故郷」

 ・「食に特別な意味を見出す社会」の社会学的研究

 ・ゲストハウスの社会学

 

◆先生のゼミや研究室の卒業生は、どんな就職先で、どんな仕事をされていますか。

 

地方出身者の多い筑波大の特性を反映して、まず地方公務員になる人が多いです。地方公務員が備えるべき、地域の中に多様な人がいて様々な人間関係と経済関係を形成しているという認識に基づく、幅広い視野を涵養することを、ゼミなどでの1つの目的にしています。

 

ほかに、商社、旅行関係、金融関係、流通・小売りなども比較的多く就職していく分野です。金融関係に勤めた場合にはゼミで学んだ専門性がそれほど生かせるわけではないと思いますが、銀行に勤めた卒業生が、卒論執筆時に学んだ「仮説を集めたファクトで検証して、仮説を何度も壊し、またよいものに練り上げていく」というプロセスが仕事を進めるうえで非常に役に立っているという趣旨の文章を、学部(社会学類)の案内誌に寄せてくれたことがありました。

 

◆研究室やゼミ、授業では、どのような指導をされていますか。また、どのような学生が、先生の分野の研究には向いていますか。

 

筑波大学社会学類社会学主専攻では、卒論執筆の際に指導教員を選ぶ必要があるのですが、その際には、教員の「内容」ではなく「方法」を重視して選ぶように言っています。社会学は多様な領域を研究しているだけでなく、計量的分析からフィールドワーク、理論的研究から史料・映像資料の分析まで多岐にわたる方法論を採用しているので、自分に適した方法論から研究対象へアプローチしていくことが、学部生のレベルでは特に重要だと考えているからです。

 

私自身が担当するゼミや社会調査実習では、計量調査も扱いますが、参与観察を含めたフィールドワークを特徴としています。様々な分野の経営者や起業家、農家、行政関係者、市民活動家など、それぞれのプロフェッショナルとして働く多くの人たちと会って話を聞いていくことで、社会学の勉強にとどまらず、就活を含めたキャリア意識にもつながっていくような学びになることを重視しています。柔軟で、多様な「人間」や生き方への興味がある学生が向いているゼミだと思います。

 

◆先生は研究テーマをどのように見つけたのかを教えてください。

 

私の場合、テーマは比較的移り変わっていくタイプです。街を歩いていての観察や、研究職以外の人たちとの交流・実践の中から発想することが多いです。

 

◆この分野に関心を持った高校生に、具体的なアドバイスをお願いします。

 

まずは、高校生だけで固まっているのではなく、大学生や社会人など多様な年代層、幅広い職種や経済状態の大人で構成されている地域団体に入って、「揉まれて」みるのがいいと思います。そこで、様々な人にとっての地域課題、1つの地域が様々な人にいかに違う景色として見えていたのか、などが見えてくると同時に、そうした多様な人と協働・連携して何かを進めていく際にはどういう話し方や作法をすればいいのか、経験的に学ぶことができます。楽しく関わっていくためには、自分に興味・関心のある分野をフックとしている地域団体を探すことが大事です。食、音楽、国際交流、演劇、環境、ファッション、読書、起業、教育など、ある程度以上の地方都市なら、あなた自身の関心に引っかかるような活動をしている地域団体が必ず見つかるはずです。

 

◆こちらの記事もどうぞ

 

放射能問題と市民運動をめぐって議論した毛利嘉孝さん(東京芸術大学教授)との対談記事(5回連載)

高校生にも比較的読みやすいと思います。

 

 

興味がわいたら

『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』

五十嵐泰正+「安全・安心の柏産柏消」円卓会議(亜紀書房)

ベッドタウンでありながら首都圏有数の農業地帯でも柏市では、2011年、放射能のホットスポットとなったことで、その「地産地消」のあり方が大きく揺れます。そんなとき立ち上がったのが、農家・消費者・流通業・飲食からなる「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。利害の異なる人たちが熟議を重ね、協働的に土壌と野菜の放射能を測定し、情報公開を行うことで、一歩一歩信頼と「安心」を取り戻していった円卓会議の一年間の歩みを、ドキュメントや関係者のインタビューなどで克明に再現した本です。

 

この本は、私の専門である都市社会学・地域社会学の中心的なテーマを直接扱っているわけではありませんが、社会学を学ぶことで、様々な立場の人たちに耳を傾けて、その利害や思いを「調整」するというセンスを身につけることができ、また、こうした「調整」を市民サイドが担っていくことがますます必要になってきている、ということを伝えたいとも思います。

[出版社のサイトへ]

『なぜローカル経済から日本は甦るのか』

冨山和彦(PHP新書)

文部科学省の会合で「G型(グローバル)大学」「L型(ローカル)大学」という区分けを提唱して、激しく批判された筆者。しかしこの本を読むと、筆者が決して「グローバル経済圏」と「ローカル経済圏」を上下関係で想定しているのではなく、その双方が日本経済にとって等しく重要なものだと考えていることがよくわかります。そして、グローバルとローカルという2つの世界が、相互に支えあいながらもまったく違う論理で動いているということがわかり、一方で「地方には仕事がない」と言われ、一方で「地方は人手不足」と矛盾した話が当然のようにまかり通っているのはなぜなのか、といったようなことが理解できるでしょう。また、この本を通して、自分の適性や興味、人生観やどういう場所や人たちと関わって暮らしていきたいかという志向性などを見つめなおしてみることで、G型とL型のどちらの世界で自分はキャリア形成していきたいか(それは二者択一でなく、どの時期にはGを経験し、どの時期にはLに移行する、というようなビジョンでもいいでしょう)、考えてみることも非常に有益です。

[出版社のサイトへ]

『ローカル志向の時代』

松永桂子(光文社新書)

上記でいうローカルな経済圏に新たな「生態系」を築こうとしている若者たちと、そういう人たちが集まる地域の条件を、これも豊富な実例を挙げて論じています。企業に勤めるだけではない生き方を考えている人に特におすすめです。

[出版社のサイトへ]

『住宅政策の何が問題か』

平山洋介(光文社新書)

居住の貧困と空き家問題が並行する、非常に歪んだ日本の住宅事情の根源を極端な持ち家主義に求めて歴史的・政策的に分析し、社会政策としての住宅政策という世界標準の考え方を提唱しています。

 

『よくわかる都市社会学』

中筋直哉、五十嵐泰正:編(ミネルヴァ書房)

高校生も関心あるような一見「意外」なトピックから硬派な理論的なトピックまで、見開き2ページごとの「読み物としても面白い辞典」形式の教科書。社会学の一分野としての都市社会学のみならず、都市計画や地理学、都市史といった隣接分野の気鋭の研究者も数多く執筆し、総合的な「都市社会学」のガイドとなっているのが特徴です。

[出版社のサイトへ]

高校生へのおすすめ作品

『グラントリノ』

クリント・イーストウッド主演・監督の映画。背景を知れば知るほど、アメリカの衰退する都市における重層的な差別構造がうまく描かれていることがわかる。ややファンタジックな結末への批判的な検討も含めて、アメリカ人はこの映画に何を見たかったのかを考えてみるといいと思います。

 

『闇金ウシジマくん』

真鍋昌平(小学館ビッグコミックス)

「エグい」描写も多いが、ドラマ・映画版より、現代社会の諸相を切り取る漫画として評価の高い原作がお勧め。特に「フリーターくん編(7~9巻)」「楽園くん編(16~17巻)」など。『社会学ウシジマくん』(難波功士著)という「副読本」もあわせて読むといいでしょう。若者の貧困や機会の不平等といった現実により焦点を当てた作品としては、漫画『ギャングース』(肥谷圭介、鈴木大介著)もお勧めできます。

[出版社のサイトへ]

『コンビニ人間』

村田沙耶香(文藝春秋)

2016年芥川賞受賞作。現在の「マニュアル化された社会」を、よくある疎外論(「○○が失われている、奪われている」という語り口)を完全にひっくり返して、「ムラ社会からの解放」として描き切っている現代的な感性が、きわめて興味深い作品です。

[出版社のサイトへ]

都市社会学、地域社会学を知る

ポスト3.11の「安心」のかたち ~異なる立場の住民同士が話し合うことから生まれた安心感

五十嵐泰正先生 

筑波大学 社会・国際学群 社会学類/人文社会科学研究科 国際公共政策専攻