歴史学<海域アジア史>

時代の変化を反映し、東南アジア史、環境史、ジェンダー史など新しい分野もさかんに ~世界史をどう学ぶ、どこで学ぶ

桃木至朗先生 大阪大学 文学部 人文学科 東洋史学専修/文学研究科 世界史講座 東洋史学専門分野

 

第2回<歴史学とは>

資料と論拠を提示して、専門家の検証に耐えたものが「歴史」となる

たしかに歴史について実験はできないし、数学や物理学のような意味での定理や法則は、ほとんど存在しない。また、過去の記録や証拠を組み合わせて、歴史上のできごとの因果関係とか意味を「解釈」「説明」するやり方には、研究者の主観が入ってこざるをえない。といってもそれは、歴史学が「なんでもあり」で理屈を必要としないという意味ではない。きちんと資料と論拠を提示して、専門家の検証にたえたものだけが、学問的成果と認められる。

 

またそもそも、応用系の科学や技術畑を含めて、理系のすべての学問で実験ができるだろうか。すべてが単純な定理や法則の研究ばかりしているだろうか。解釈や説明はどんな場合でも客観的だろうか。そうでないことは明らかだ。いっぽう歴史でも、無数にある過去の事実のうち、いろいろな記録や証拠が残っていることがらについて、一種の「観測」をすることはできる。そこから意味のある「パターン」が見つかることがある。また応用系の科学ではよく見られることだが、一回限りでパターン化できない特殊な現象でも、それが研究対象(たとえば医学における人体)に大きな影響を与えていれば、その理由や影響、対策を考えることは、その学問の義務だろう。

 

歴史学もグローバル化やIT化の恩恵を受ける

 

そうは言っても読者の皆さんは、歴史は過去のことで、いまさら研究したり学んだりする必要はないと考えるかもしれない。しかし、グローバル化やIT(ICT)化の恩恵を受けるのは、人文系も同じなのである。かつては一生に一度か二度しか行けなかった研究対象の国・地域に、今は簡単に行ける。天才的な研究者が一生かかっても処理しきれなかった大量の資料やデータが、パソコンで瞬時に処理でき、検索できる。それによって、今までわからなかったことが、たくさん解明できる。

 

また、関心のないことがらは記録があっても見逃されるが、世界の動きや時代の流れにしたがって新しい関心が生まれれば、既知の史料のなかからでも、未解明の事実が発見されることがある。地震や津波の歴史の研究が最近一挙に進んだのは、そのわかりやすい例である。

 

ほかにも、東南アジアやアフリカなど、かつてほとんど知られていなかった地域の歴史の研究が進んだり、環境史、女性やジェンダーの歴史など新しい分野の研究がさかんになったのも、グローバル化とIT 化、それに時代の変化を反映したものである。現在の大学生が中学・高校で使った歴史の教科書も、たとえば30 年前の教科書とくらべれば、こうした動きの影響でおおきく変化していることがわかる。

 

このように、歴史の対象は過去でしかないが、その内容は、時代を反映して動いている。

 

興味がわいたら

『市民のための世界史』

大阪大学歴史教育研究会編(大阪大学出版会)

2022年導入予定の高校新科目「歴史総合」「世界史探究」を先取りして、「日本を含むアジア中心の世界史」の構図を示した大学新入生用教科書。21世紀に大学で学ぶ歴史がどんなものか知りたい高校生必読。

 

(1)グローバルな歴史の構図と日本の位置の解説、現代につながる問いかけなどを基本に、(2)理工系向けの環境史など、歴史好きとは限らない各分野の学生に必要な内容も意識的にとりあげ、(3)学問の動きや国際的な論争の紹介とあわせて、「動かない事実の暗記」という歴史教科書のイメージを崩そうとした。

 

近現代の世界経済、中央ユーラシア史・中国史や日本列島史、気候変動の歴史やジェンダー史など、新しい世界史と海域アジア史の見方が満載(→「日本的伝統の成立」「東アジア各国の食生活の変化」「近世東アジア諸国の共通性と差異」「周辺諸国にとってのベトナム戦争」などコラムも必見)。

 

高校生には、これを理解せずに日本の進路を考えることは不可能な、東アジア史の特徴とそこでの日本の位置を、「読者への問い」「課題」にも取り組みながら考えてほしい(例:現代史の章の最後に掲げた課題「東アジア諸国で他の地域と比べて突出した少子高齢化が進行しつつあるのはなぜか、人口が増えている地域や少子高齢化がそれほど進んでいない地域と比較しながら、歴史的背景を説明せよ」を、第6章「アジア伝統社会の成熟」と関連づけながら考えよ)。

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『中国化する日本』

與那覇潤(文春文庫)

「中国のことを不愉快に思う日本」の本質を、最新の歴史・文化研究をふまえて解き明かした快著。歴史を現代の自分のために学ぶ意義が見えない若者に読んでほしい。

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『シリーズ日本中世史4 分裂から天下統一へ』

村井章介(岩波新書)

おなじみ戦国時代の歴史を、世界史・アジア史の中で見直す最新の概説。「日本人専用でなく外国人にもわかる日本史」を必要とする人々のお手本である。

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韓流歴史ドラマ『広開土大王』

高句麗の王、広開土王が主人公のドラマ。フィクションだが、隣国が日本や中国など世界をどう見ているかよくわかる作品で、古代史好きにはこたえられない。