刑法学

死刑廃止やテロ等準備罪を考える〜社会の変化と刑法の変化

井田 良(まこと)先生

中央大学大学院法務研究科

第3回 一般市民の声が高まれば、刑法は変えてよいのだろうか

昔と今、刑罰の重さはどう変わったのか

 

刑法の2つの変化のうち、まず、重罰化、厳罰化の傾向について考えてみましょう。

 

傷害や殺人に対して重く・厳しく処罰するという傾向は、まず、裁判所の判決が次第に重くなるというところに現れました。厳密な統計ではありませんが、1956(昭和31)年に、第一審裁判所(地方裁判所)で殺人罪(未遂を含む)で懲役10年を超える重い刑を言い渡された人は、殺人罪で有罪になった人全体の6パーセント程度でした。それが約30年後の1987(昭和62年)になると、15パーセント、さらに2015(平成27)年になると、35パーセントとなりました。特に1990年代には、メディアで人身犯罪に対する刑が軽すぎることに対する批判が高まり、裁判所の判断に影響を与えるとともに、国会を動かしました。

 

また、無期懲役の言い渡しを受けた人に仮釈放を認めるかどうかの判断がきわめて厳格なものになっています。無期懲役刑の後、仮釈放されて社会に戻った人について見ると、昭和50年代では14年から18年の刑を受けた後に釈放されています。ところが平成20年代になると、35年の刑を受けた後に仮釈放になっています。

 

凶悪犯罪は減少しているのに、なぜ重罰化傾向になったのか

 

しかし、重罰化・厳罰化は、犯罪が増加したり凶悪化したために起こったわけではありません。むしろ、戦後殺人罪の最高を記録したのは1954年のことで、その後長期的な減少傾向にあって、現時点で最新の2015年の統計で戦後最低を記録しています。

 

命を奪う犯罪は減少しているにもかかわらず、なぜ重罰化・厳罰化の傾向が生じたのでしょうか。例えばドイツも、同じ傾向があり、この背景には、国に対する市民生活の安全の保護への要求と、国に対する犯罪被害者の権利保護の要求が強まったことがあると考えられます。この理由としては、まず、メディアによる生々しい犯罪報道によって人々が「不安」になるということ、もう1つは被害者やその遺族が声を上げるようになり、これに多くの人が共感したということがあるでしょう。

 

しかも、被害者遺族や一般市民の要求がメディアを通じて、あるいはよりダイレクトに政治や行政機構に向けられ、できる限りそれに応じることが政治や行政の課題とされるようになったのです。

 

専門知識はいらないのか

 

このような政策決定のメカニズムの変化は、一般の人の意見が迅速に政策に反映するようになったという点では評価されるべきことですが、他方で、「ポピュリズム」といわれるような危険な傾向に結びつく恐れもあります。

 

刑法の改正には高度に専門的な知識が必要なのに、それが専門的学識を持たない一般市民や一般知識人の意見によって政策が動かされるようになると、白か黒で割り切ろうとする二項対立的な思考様式が議論の場を支配しがちです。そして専門家は、単純明快な結論を求める社会からの期待に応えられずに発言力・影響力を失っていくという傾向にあるのです。

 

これは大変重要なテーマですが、その分析と検討はもはや法律学の問題ではありません。それは社会学や政治学が扱うべきテーマです。これもまた、刑法を見ることが社会を見ることにつながる典型的な一例といえましょう。

 

私は今こう考えているのです。この重罰化・厳罰化を推し進めている要因の中には憂慮すべきものが含まれている。それを放っておくと、日本の刑法を望ましくない方向に導くおそれがあると見ています。

 

興味がわいたら ~本と映画の紹介

『死刑 究極の罰の真実』

読売新聞社会部(中公文庫)

はじめて刑法の問題を考えるときには、死刑の問題から入るのが1つの有効なやり方だと思われます。死刑制度について論じるためには、刑罰の本質や目的に関する理論、死刑制度の現状と実際、犯罪の原因とその対策等々に知らなければなりません。何も材料を持たずにいきなり死刑の存廃を論じるというわけにはいかないのです。死刑の持ついろいろな側面について詳しく触れているという点で本書をお薦めしたい。

 

まずは本書に書かれていることをきちんと理解し頭に入れた上で、死刑についての自分の考えを決めてほしいと思います。死刑を廃止しようとする側の言い分にも、またそれを維持すべきだとする側の言い分にもそれぞれかなり理由があることを、本書から読み取ることができるでしょう。対立側の言い分を無視して自分の考えだけを述べ立てても、それは学問的な主張にはなりません。両方の言い分を踏まえて、双方が納得できるような主張こそが学問的に価値のある主張です。そのような自説を構築することは決してやさしいことではありません。そうしたことを本書から学んでください。

 

本書を注意深く読めば、犯罪と刑罰の理論、刑罰の本質と目的、刑事裁判のあり方などについて学ぶことができる点で、刑事法学入門(特に刑法学入門)として適しています。

[出版社のサイトへ]

映画『それでもボクはやってない』

周防正行監督作品。現実に忠実な形で刑事裁判を描いた作品であり、裁判のこわさ・難しさを知るには好適の映画。高校生が最初に見る映画としてお薦めできます。

 

映画『ショーシャンクの空に』

スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督。犯罪と刑罰に関する映画の中で最高の名作でしょう。キーワードは「希望」であり、刑事政策と犯罪者処遇の本質に触れる作品です。