刑法学

死刑廃止やテロ等準備罪を考える〜社会の変化と刑法の変化

井田 良(まこと)先生

中央大学大学院法務研究科

第5回 時効は不要か、脅迫の証拠は不要か ~性犯罪処罰規定

なぜ時効はあるのか

 

今、被害者への考慮と無罪推定原則が衝突していると私が考えるのが、刑法の性犯罪処罰規定の改正をめぐって激しく議論された2つの争点です。

 

1つ目の争点は、公訴時効制度についてです。刑法には、犯罪が終わってから一定の時間が経つと、裁判を行うことができないという公訴時効制度があります。事件から時間が経つにしたがって、被告人側は自分に有利な証拠を集めて法廷に出すことが難しくなって、被告人側の不利益の度合いが増していくという理由から設けられています。

 

さて、2017年7月13日、強姦罪が強制性交等罪に変更されました。男女ともに被害者の対象となったことや、告訴がなくても起訴できるようになったことなど主な改正点です。

 

しかし変わらなかったのは、公訴時効の規定です。性犯罪の場合、犯罪が終わって10年経過すると、裁判を行って犯人を有罪にすることはできません。

 

しかし被害者保護を求める人たちは、ここを批判しています。特に、例えば小学生の頃に性的被害を受け、成人になってその事実が自分を苦しめていることを意識した被害者がいたとき、10年以上前のことだからといって犯人を有罪にできないのは、不当であるというわけです。

 

しかし、公訴時効の主旨を考えると、性犯罪についてだけ、時間が経過しても正しい裁判が可能であるといえるかどうかは、考えてみないといけません。現行の時効制度が基本的に正当であるとする限りは、性犯罪についてだけ、被害者の保護を理由として時効期間の延長を行うのは、これまでの刑法の原則を逸脱してしまいます。

 

性犯罪に、暴行・脅迫があったという証拠はいるのか

 

もう1つの争点は、これまでの強姦罪、新しい強制性交等罪はどちらも、被害者の年齢等の例外を除いて(※1)、暴行・脅迫を犯罪の成立要件としているという点です。

(※1:(1)被害者が13歳未満のとき、(2)被害者が病気等で抵抗不能な状態にあるとき、(3)18歳未満で監護者の監護の下にあるときという3つの場合には暴行・脅迫要件は外される。)

 

被害者保護を求める人は、暴行・脅迫という余計な要件は削除して、被害者の意思に反する性交等はすべて犯罪とすべきだと主張します。

 

被害者が望まない性的行為が行われたにもかかわらず、程度の強い暴行・脅迫の証拠がないからといって、訴追・立件できなかったり、起訴されても無罪とされてしまうとすれば、被害者にとって耐えがたいことだと思います。ですが、現在でも実際の裁判を見ると、暴行の目撃者や脅迫の手紙や音声など直接的な証拠がなくても、状況証拠によって被害者の意思に反する性行為であったのかどうかを認定しています。

 

そういう現状で、さらにもし暴行・脅迫要件を削除してしまうと、被害者の意思に反すると確信することのできない事例まで有罪としてしまう可能性が生じます。「疑わしきは被告人の利益に」というこれまでの刑法が大事にしてきた原則まで崩してしまうことは十分注意が必要です。

 

被害者の権利保護を主張する学者や運動家たちは、さっそく強制性交等罪の3年後の見直しに向けて、暴行・脅迫要件の削除を求めていくと言っています。ですので私も今後、いろいろな批判的意見をよく聞いて、検討していきたいと思っています。

 

つづく

興味がわいたら ~本と映画の紹介

『死刑 究極の罰の真実』

読売新聞社会部(中公文庫)

はじめて刑法の問題を考えるときには、死刑の問題から入るのが1つの有効なやり方だと思われます。死刑制度について論じるためには、刑罰の本質や目的に関する理論、死刑制度の現状と実際、犯罪の原因とその対策等々に知らなければなりません。何も材料を持たずにいきなり死刑の存廃を論じるというわけにはいかないのです。死刑の持ついろいろな側面について詳しく触れているという点で本書をお薦めしたい。

 

まずは本書に書かれていることをきちんと理解し頭に入れた上で、死刑についての自分の考えを決めてほしいと思います。死刑を廃止しようとする側の言い分にも、またそれを維持すべきだとする側の言い分にもそれぞれかなり理由があることを、本書から読み取ることができるでしょう。対立側の言い分を無視して自分の考えだけを述べ立てても、それは学問的な主張にはなりません。両方の言い分を踏まえて、双方が納得できるような主張こそが学問的に価値のある主張です。そのような自説を構築することは決してやさしいことではありません。そうしたことを本書から学んでください。

 

本書を注意深く読めば、犯罪と刑罰の理論、刑罰の本質と目的、刑事裁判のあり方などについて学ぶことができる点で、刑事法学入門(特に刑法学入門)として適しています。

[出版社のサイトへ]

映画『それでもボクはやってない』

周防正行監督作品。現実に忠実な形で刑事裁判を描いた作品であり、裁判のこわさ・難しさを知るには好適の映画。高校生が最初に見る映画としてお薦めできます。

 

映画『ショーシャンクの空に』

スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督。犯罪と刑罰に関する映画の中で最高の名作でしょう。キーワードは「希望」であり、刑事政策と犯罪者処遇の本質に触れる作品です。