刑法学

死刑廃止やテロ等準備罪を考える〜社会の変化と刑法の変化

井田 良(まこと)先生

中央大学大学院法務研究科

第7回 なぜ早期処罰が拡大しているのか ~テロ等準備罪

どんな行為が早期処罰の対象になっているか

 

2017年、国会でテロ等準備罪が可決成立しました。これは、そのまま放っておくと取り返しのつかない重大な被害が生じうるという場合に、犯罪の準備段階であっても処罰の対象にしようとするもの、すなわち処罰を早期化するものです。

 

早期処罰の規定は、以前から存在します。1907(明治40)年に制定された刑法典には、殺人予備罪・強盗予備罪・放火予備罪・通貨偽造準備罪などの一連の予備罪・準備罪の規定がありますし、販売目的でのわいせつ物の所持を処罰する規定などもあります。

 

1884(明治17)年に制定され、現在でも使われる爆発物取締罰則にも、かなり極端な処罰の早期化が見られます。また、世界でトップレベルの、厳格な日本の銃砲刀剣類の規制や、麻薬や覚醒剤などの規制薬物を所持しているだけで処罰するのも、早期化処罰の例です。

 

そして、1990年代以降になると、早期処罰は格段に広がりました。例えば、1999年には、不正アクセス禁止法が制定され、2012年の一部改正によって、他人のIDやパスワード取得・保管・提供する行為が処罰されるようになりました。2001年には、クレジットカード等の偽造が処罰されることになり、偽造の目的で他人のカードを不正に入手する行為と、その未遂も処罰されるようになりました。

 

テロ等準備罪については、準備段階での処罰を刑法の大原則をゆがめるとか、刑法の大転換だという趣旨の意見がありますが、以上のような、昔からの法律を見れば、原則をゆがめるものではないことがわかります。ここでのポイントは、早期処罰をおよそ認めるべきかどうかではなく(それはすでに幅広く認められているのです)、どのような場合にそれを許し、どのような場合にはそれに反対すべきかです。

 

技術の進歩が早期処罰に関係

 

ではなぜ、処罰の早期化が広がっているのでしょうか。それは、社会が巨大化・複雑化し、科学化・高度技術化・ハイテク化したことと関係しています。クレジットカードのデータを操作したり、医療機器や航空機に組み込まれたコンピュータに狂いを生じさせたりといったことが比較的簡単にできるというのは、とても不安です。

 

生命科学の領域についても、2000年には、「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」が制定され、クローン技術をヒト生命に応用して人クローン個体をつくることにつながる行為等を禁止されました。そして早期処罰の規定でありながら、最高で懲役10年というかなり重い刑が定められました。

 

組織犯罪についても同様で、組織犯罪が以前より危険になった背景には、この数十年の、(1)高速で簡単に移動できるようになった、(2)相互の連絡の手段・通信の手段が飛躍的に発達した、(3)簡単な操作で次の瞬間に破滅的な被害が生じる攻撃の手段を比較的簡単に手に入れられるようになった、という技術の進歩があります。

 

このように、早期処罰をより一層求める社会になってきたわけですが、問題は、処罰の対処となる行為と、日常的な行為や、日常的とまではいえなくても法的に許されている行為との区別がはっきりしなくなり、日常生活が脅かされてしまうことがないかどうかにあります。

 

つづく

興味がわいたら ~本と映画の紹介

『死刑 究極の罰の真実』

読売新聞社会部(中公文庫)

 

はじめて刑法の問題を考えるときには、死刑の問題から入るのが1つの有効なやり方だと思われます。死刑制度について論じるためには、刑罰の本質や目的に関する理論、死刑制度の現状と実際、犯罪の原因とその対策等々に知らなければなりません。何も材料を持たずにいきなり死刑の存廃を論じるというわけにはいかないのです。死刑の持ついろいろな側面について詳しく触れているという点で本書をお薦めしたい。

 

まずは本書に書かれていることをきちんと理解し頭に入れた上で、死刑についての自分の考えを決めてほしいと思います。死刑を廃止しようとする側の言い分にも、またそれを維持すべきだとする側の言い分にもそれぞれかなり理由があることを、本書から読み取ることができるでしょう。対立側の言い分を無視して自分の考えだけを述べ立てても、それは学問的な主張にはなりません。両方の言い分を踏まえて、双方が納得できるような主張こそが学問的に価値のある主張です。そのような自説を構築することは決してやさしいことではありません。そうしたことを本書から学んでください。

 

本書を注意深く読めば、犯罪と刑罰の理論、刑罰の本質と目的、刑事裁判のあり方などについて学ぶことができる点で、刑事法学入門(特に刑法学入門)として適しています。

[出版社のサイトへ]

映画『それでもボクはやってない』

周防正行監督作品。現実に忠実な形で刑事裁判を描いた作品であり、裁判のこわさ・難しさを知るには好適の映画。高校生が最初に見る映画としてお薦めできます。

 

映画『ショーシャンクの空に』

スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督。犯罪と刑罰に関する映画の中で最高の名作でしょう。キーワードは「希望」であり、刑事政策と犯罪者処遇の本質に触れる作品です。