倫理学・日本思想

わかっちゃいるけどやめられない悪人こそ救われる~『親鸞~悪の思想』を読んでみた!

~栃木県立宇都宮高校オーサービジット

伊藤益先生 筑波大学 人文・文化学群 人文学類 哲学主専攻 倫理学コース/人文社会科学研究科 哲学・思想専攻

 

第2回 受験で他人を蹴落として合格した人間は、悪人か?~親鸞の悪人正機説を解き明かす

例えば、入学試験は競争という形をとります。競争は、他者を徹底して排除しようという意思にもとづいて行われます。しかもそこに、自分さえ合格すればよいという自己中心主義があらわになることを、誰しも否定することはできません。入学試験が社会のしくみとして是認されている現実は、人間の悪性がやむをえざる事実として社会の中で容認されていることを如実に示しているんです。

 

皆さんの高校は入るのが難しいんでしょ。そうするとひょっとすると皆さんは極悪人かもしれない(笑い)。受験を通して、皆さんになんの危害を加えたわけでもない純情なほかの中学生を蹴散らし排除して、今ここに座っているわけですから。

 

後ろにおられる先生たちも、例外なく極悪人です。だって何十倍の教員採用試験を勝ち抜いて、ここにおられるわけですから。かくいう私自身、国立大学の教員になるには100倍の競争率を勝ち抜いたのだから、やはり極悪人です。他の99人を排除してここに立っているだのから、どう考えてもまっとうな人間じゃない。でもその悪人も救われると親鸞は言っているんです。

 

さらにつけ加えるなら、この世の中で最も弱い人を想定したとしても、最弱者もやっぱり悪人です。なぜって、その人は他の人間を排除したり引きずり下ろしたりはできないけれど、生き物を食べていうわけですね。牛、豚からヒエ、アワまで生きものを殺し食べている。

 

そういう悪人こそ救われるというのが「悪人正機説」です。「善人なほもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」と親鸞は言っています。それは親鸞の晩年の高弟、唯円の書物「歎異抄」の一節に書かれています。この悪とは何でしょう。倫理的道徳的な悪でなく、人間が「在る」ことそのものの悪と言っているんです。すると質問をした君をはじめ、すべての人間は皆悪人であって、この世に善人なんてただの一人もいないということになってくるんだろうなと思います。いわば存在論的悪にほかなりません。当たり前に生きること、そのこと自体が悪だと、親鸞は言っているんです。

 

私のレクチャーはこれだけです。ここから皆さんの意見を聞きましょう。

 

つづく

 

興味がわいたら BookGuide

『私釈親鸞』

伊藤益(北樹出版)

初期仏教から親鸞に至るまでの仏教思想史を通史的に捉えた上で、親鸞思想の核心に迫る。大学の講義録で高校生にもすすめることができる。

 

親鸞の思想は、悪の問題を主題として展開されている。親鸞にとって悪とは道徳的・倫理的な意味での悪ではない。それは人間の存在そのもの(生きて在るということ自体)にまつわる悪である。自著ながら、このことを明確にした点で、学問的に重要な意味を持つ書と考える。

 

歎異抄第三条には「善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや、悪人をや」ということばがある。本書はこのことばを、人間が他の生命体や他の人間を排除する在りようを「悪」と捉えるものと解する。特にこの点を読んでほしい。

 

倫理学は人間の善悪の判断について、その基範を問う学であるが、本書を通じて、悪が相対的なものにとどまらず、絶対性を以て人間に迫ってくることが明らかになる。すると、いままでのように、善悪の問題に相対化してとらえる倫理学の研究が、その根底からゆるがされることになる。

 

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『出家とその弟子』

倉田百三(岩波文庫)

親鸞とその弟子唯円の思想を戯曲の形式でわかりやすく描いており、中・高校生にすすめられる。

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『法然と親鸞の信仰』

倉田百三(講談社学術文庫) 

法然の『一枚起請文』と親鸞の『口伝歎異抄』というわかりやすい二つの古典を分析することによって浄土教の本質に迫まっている。宗教に関心のある高校生にすすめられる。

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『仏教入門』

三枝充悳(岩波新書)

初期仏教についてわかりやすく概説する。宗教に関心のある高校生が、仏教の基礎について学ぶには絶好の書。

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中高生におすすめ BookGuide

『萬葉集釋注 一』

伊藤博(集英社文庫)

日本人の心の原点に触れることができる。

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『ソクラテスの弁明 クリトン』

プラトン 久保勉:訳(岩波文庫)

西洋思想の原点に触れることができる。

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『職業としての学問』

マックス・ウェーバー 尾高邦雄:訳(岩波文庫)

学問とは何かを考えるヒントになる。

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