倫理学・日本思想

わかっちゃいるけどやめられない悪人こそ救われる~『親鸞~悪の思想』を読んでみた!

~栃木県立宇都宮高校オーサービジット

伊藤益先生 筑波大学 人文・文化学群 人文学類 哲学主専攻 倫理学コース/人文社会科学研究科 哲学・思想専攻

 

第4回 親鸞は即身仏のことをどう考えていたのでしょう?~末法思想とは

仏教で悟りを開く2つの方法が考えられます。即身仏とは、人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏になることを言います。言い換えると、自力で悟りを開く方法のことを指します。真言密教などの教えで、このように自力で悟りを開くやり方のことを自力聖道門と言います。

 

これに対し、法然・親鸞の開いた浄土宗や浄土真宗は、他力浄土門と呼びます。他力浄土門は、南無阿弥陀仏と唱えるだけで、誰でも悟りを開けるという意味で、厳しい修行を必要とする自力聖道門に比べ、易行、つまりたやすい実践法だと言われます。それが法然・親鸞の時代に生まれてきた背景には、末法思想という終末思想が盛んになったことがあります。

 

 

ここで末法思想についてレクチャーしましょう。末法思想はインドに発する考え方で、中国で確立しました。時代を正法1000年、像法1000年、末法に区分し、2001年目から末法の世になります。釈迦が説いた正しい教えに基づいて修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が訪れる。その次には人も世も最悪となり、正法がまったく行われない時代(=末法)が来るとされます。1000年という時代区分には別の説もありますが、そういうわけで一般的には、日本では1052年が末法元年とされ、人びとに恐れられました。この時代は貴族の摂関政治が衰え院政へと向かう時期で、また武士が台頭しつつもあり、治安の乱れも激しく、民衆の不安は増大しつつありました。この不安から逃れるため人々は厭世的な思想に傾倒していきました。親鸞の他力浄土門が盛んになったのは、そういう末法の時代の人びとを救おうとするという背景があるのです。

 

高校生:末法思想の素朴な疑問です。自分の宗教を広めたいのなら、この世が滅亡するなんて末法思想で煽らないほうが得なんじゃないでしょうか?

 

伊藤先生:それは鋭い着眼点です。この世が滅ぶという考え方を「頽洛(たいらく)史観(しかん)」といいます。これは仏教に限らず、人類に共通した終末観です。紀元前9世紀ごろ、ギリシャの詩人ヘシオドスは、人類史上最初に歴史の時代区分をしました。彼は時代を、金、銀、青銅、英雄、鉄に分け、その順にこの世は悪くなっていくとしたんです。そういう発想はヨーロッパにも、インド、中国にも普遍的にあります。一方、自分が生きている時代こそ最高だという考えも人類に幅広く存在します。これを「上昇史観」といいます。

 

高校生:今だったら、二酸化炭素をいっぱい排出して、このままでは地球環境に大変なことが起きるとか、国債赤字1兆円がこのまま膨らめば大変なことになるなんていう。そういう考えと頽洛史観は似ているのかなあと思いました。

 

伊藤先生:うん、たしかにそういう恐怖を持ってしまう。それが人間かもしれないですね。

 

興味がわいたら BookGuide

『私釈親鸞』

伊藤益(北樹出版)

初期仏教から親鸞に至るまでの仏教思想史を通史的に捉えた上で、親鸞思想の核心に迫る。大学の講義録で高校生にもすすめることができる。

 

親鸞の思想は、悪の問題を主題として展開されている。親鸞にとって悪とは道徳的・倫理的な意味での悪ではない。それは人間の存在そのもの(生きて在るということ自体)にまつわる悪である。自著ながら、このことを明確にした点で、学問的に重要な意味を持つ書と考える。

 

歎異抄第三条には「善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや、悪人をや」ということばがある。本書はこのことばを、人間が他の生命体や他の人間を排除する在りようを「悪」と捉えるものと解する。特にこの点を読んでほしい。

 

倫理学は人間の善悪の判断について、その基範を問う学であるが、本書を通じて、悪が相対的なものにとどまらず、絶対性を以て人間に迫ってくることが明らかになる。すると、いままでのように、善悪の問題に相対化してとらえる倫理学の研究が、その根底からゆるがされることになる。

 

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『出家とその弟子』

倉田百三(岩波文庫)

親鸞とその弟子唯円の思想を戯曲の形式でわかりやすく描いており、中・高校生にすすめられる。

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『法然と親鸞の信仰』

倉田百三(講談社学術文庫) 

法然の『一枚起請文』と親鸞の『口伝歎異抄』というわかりやすい二つの古典を分析することによって浄土教の本質に迫まっている。宗教に関心のある高校生にすすめられる。

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『仏教入門』

三枝充悳(岩波新書)

初期仏教についてわかりやすく概説する。宗教に関心のある高校生が、仏教の基礎について学ぶには絶好の書。

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中高生におすすめ BookGuide

『萬葉集釋注 一』

伊藤博(集英社文庫)

日本人の心の原点に触れることができる。

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『ソクラテスの弁明 クリトン』

プラトン 久保勉:訳(岩波文庫)

西洋思想の原点に触れることができる。

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『職業としての学問』

マックス・ウェーバー 尾高邦雄:訳(岩波文庫)

学問とは何かを考えるヒントになる。

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