倫理学・日本思想

わかっちゃいるけどやめられない悪人こそ救われる~『親鸞~悪の思想』を読んでみた!

~栃木県立宇都宮高校オーサービジット

伊藤益先生 筑波大学 人文・文化学群 人文学類 哲学主専攻 倫理学コース/人文社会科学研究科 哲学・思想専攻

 

第5回 ギリシャ神話のように人間的な神様もいます。阿弥陀様のような超越者の存在する宗教と、どちらが優れているのですか?

これも意表をついた鋭い質問ですね。確かにギリシャの神々は色恋もし非常に人間的です。でもそれでギリシャ人の思索が甘くなったかと言うと、決してそうは言えないんです。古代ギリシャは哲学者ソクラテス、プラトンを生みました。むしろ絶対的な超越者のいるキリスト教のほうこそ成立した当初、哲学的に非常に虚弱だったと言えます。教義が重みを増したのは聖書が編纂され、世界宗教としてヨーロッパで広まってからでしょう。

 

私のように哲学を学ぶ立場の人間からすれば、必ずしもギリシャの神々を排除して、キリストや阿弥陀様のような超越者を信じなければならないとは言えないと思います。ただし親鸞に出会った私の経験では、ぎりぎりのところ自分が精神的に追い詰められた時に救ってくれるのは、超越者のいる宗教という気はしています。

 

高校生:先生の本を読んで、弥陀の教えを誹謗する人は救われないとあったんですけど、そういう救われない人は、結局どうなるんでしょう?

 

伊藤先生:親鸞は、弥陀の教えを誹謗する、馬鹿にする、けなす人間は救われない。地獄落ちだということは言っているんです。ただ、そこはむずかしいところでしてね。たしかに念仏をけなす人間は救われないと親鸞は言っています。でも弥陀の教えを信じないわけじゃないけれど、そんな教え知らないという人もいるだろうしね。そこが私が一番考え込んでしまうところです。

 

高校生:哲学系の学生は自殺者が多いってほんとうですか?

 

伊藤先生:哲学科に多いのは自殺よりうつ病だと思います。哲学やるからうつ病が多いのか、うつ的な人が哲学者になるのか、そこはわかりませんが…。私も実は30年くらい前からうつ病なんです。うつ病のわりにはよくしゃべるなと思っているかもしれませんが、これは世を忍ぶ仮の姿であって(笑い)、日常生活においてはほとんど口を利かない人間なんです。

 

私見では、うつ気質の人が哲学を選んでいるような気がします。でも、哲学の「哲」は、悟るとか、ものごとを明らかにするという意味です。語源をさかのぼると、ギリシャ語はフィロソフィアです。これはplein(フレイン)+sphia(ソフィア)から成ります。フレインは愛する、ソフィアは知恵の意味。合わせると、哲学とはもともと「知を愛する」こととなります。哲学は決してくら~い学問じゃないんです(笑い)。

 

興味がわいたら BookGuide

『私釈親鸞』

伊藤益(北樹出版)

初期仏教から親鸞に至るまでの仏教思想史を通史的に捉えた上で、親鸞思想の核心に迫る。大学の講義録で高校生にもすすめることができる。

 

親鸞の思想は、悪の問題を主題として展開されている。親鸞にとって悪とは道徳的・倫理的な意味での悪ではない。それは人間の存在そのもの(生きて在るということ自体)にまつわる悪である。自著ながら、このことを明確にした点で、学問的に重要な意味を持つ書と考える。

 

歎異抄第三条には「善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや、悪人をや」ということばがある。本書はこのことばを、人間が他の生命体や他の人間を排除する在りようを「悪」と捉えるものと解する。特にこの点を読んでほしい。

 

倫理学は人間の善悪の判断について、その基範を問う学であるが、本書を通じて、悪が相対的なものにとどまらず、絶対性を以て人間に迫ってくることが明らかになる。すると、いままでのように、善悪の問題に相対化してとらえる倫理学の研究が、その根底からゆるがされることになる。

 

[出版社のサイトへ]

『出家とその弟子』

倉田百三(岩波文庫)

親鸞とその弟子唯円の思想を戯曲の形式でわかりやすく描いており、中・高校生にすすめられる。

[出版社のサイトへ]

 

『法然と親鸞の信仰』

倉田百三(講談社学術文庫) 

法然の『一枚起請文』と親鸞の『口伝歎異抄』というわかりやすい二つの古典を分析することによって浄土教の本質に迫まっている。宗教に関心のある高校生にすすめられる。

[出版社のサイトへ]

『仏教入門』

三枝充悳(岩波新書)

初期仏教についてわかりやすく概説する。宗教に関心のある高校生が、仏教の基礎について学ぶには絶好の書。

[出版社のサイトへ]

中高生におすすめ BookGuide

『萬葉集釋注 一』

伊藤博(集英社文庫)

日本人の心の原点に触れることができる。

[出版社のサイトへ]

『ソクラテスの弁明 クリトン』

プラトン 久保勉:訳(岩波文庫)

西洋思想の原点に触れることができる。

[出版社のサイトへ]

『職業としての学問』

マックス・ウェーバー 尾高邦雄:訳(岩波文庫)

学問とは何かを考えるヒントになる。

[出版社のサイトへ]