倫理学・日本思想

わかっちゃいるけどやめられない悪人こそ救われる~『親鸞~悪の思想』を読んでみた!

~栃木県立宇都宮高校オーサービジット

伊藤益先生 筑波大学 人文・文化学群 人文学類 哲学主専攻 倫理学コース/人文社会科学研究科 哲学・思想専攻

 

第6回 どうして西洋哲学者の先生が親鸞を研究したのですか?

今日一番きつい質問ですね。でも一番実存的な質問をしてくれました。実存哲学って言葉くらいはご存知ですね。われわれの存在自体にかかわった哲学のことですが、それを質問してくださった。私は、別に親鸞が好きだったというわけでなく、これにはふか~いわけがあるのです(笑い)。卒論で私はドイツの哲学者カントの自由論を卒論で選んで以来、カントと倫理学研究を続けてきました。今の大学での講座名も哲学主専攻・倫理学コースです。

 

親鸞となんの関係もない西洋哲学を30年続けてきましたが、いきなり腸の病気になりました。入院し手術をしても、なかなかうまく回復しなくて、いろんな意味でつらい思いをしました。だんだん気分がうつうつとしてきて、とうとう重いうつ病を併発したんです。非常につらい気持ちで毎日を過ごしていました。そんなある日、なんとはなしに病室で「歎異抄」を読むと、なぜかスーと心が晴れました。

 

そういう状態の時に、うつ病を治すために毎朝、散歩をしておりました。ある日町の中を散歩していると、とある仏具屋が目に入りました。その店の中に阿弥陀像がありました。それを見たとき、なぜだかわかりませんが、体がふわーと楽になったのです。それまで真っ暗だった世界が、真っ青に澄んだように見えてきたんです。次の瞬間、どこからともなく、大丈夫だ大丈夫だという声が聴こえてきたような気がしました。その時、私は、何か自分を超えた大きな存在、具体的には阿弥陀様が私を呼んでいるような気持になったんですね。

 

何とも説明のしようがないのですが、うつ病で苦しみぎりぎりのところまで追い込まれていたとき、ふと感じるものがあったのでしょうか。それから親鸞を勉強し、この本も出しました。皆さんは私の体験話を別に信じなくても良いです。ただギリギリまで追い込まれたとき、法然、道元、キリストでも万葉集でもなんでもいい。読んで感じるものを掴んでもらえたらいいと思います。

 

おわり

 

オーサービジット後、高校生から伊藤先生へのメッセージ

伊藤益先生 

 

先日の読書会ではお世話になりました。オーサービジットに応募を決断したものの、どうなるものかと不安に思っていました。また本を読んだ時点では、内容も難しく、また大学の先生がいらっしゃるということで、参加する人たちが緊張して、堅苦しい雰囲気になるのでないかと心配していました。 

 

でも先生が、歌を歌ってくださり始めたときには、皆が先生のお話に自然に集中していることを確信しました。まさか大学の講義で歌を歌うことはなさらないと思いますが、大学での先生の講義を受けてみたいと思いました。

 

本を読んで、私は、親鸞思想を覆すかもしれないアポリア(哲学的な課題の行き詰まり)に興味を持ちました。仏性を持ちながら存在論的悪性を持つ不完全な状態の人間を作り出すという親鸞の教えは悪にならないのか、と思ったからです。しかしながら他者排除をしなければ生きられないという負い目を感じ、今、自己として在らしめてくれる何ものかへの感謝の意識があることは否定できない。ここに合理的に自らの教義を完成させようとする親鸞の熱意を感じ、感嘆しました。また先生のお話の中に出てきた、末法を生きる人たちを助けようとする親鸞の像と、貴著の中で述べられている親鸞像を照らし合わせた時の、何とも言えない納得感が今も残っています。

 

読書会がいつもと違った、大変充実したものになったと、一同感謝しております。参加者の事後アンケートも生徒の多くが「楽しかった」という感想を持ってくれていました。多分、いつもと違う「楽しさ」だったと思います。企画、準備を進めた身として、大変嬉しく思っております。本当にありがとうございました。

 

興味がわいたら BookGuide

『私釈親鸞』

伊藤益(北樹出版)

初期仏教から親鸞に至るまでの仏教思想史を通史的に捉えた上で、親鸞思想の核心に迫る。大学の講義録で高校生にもすすめることができる。

 

親鸞の思想は、悪の問題を主題として展開されている。親鸞にとって悪とは道徳的・倫理的な意味での悪ではない。それは人間の存在そのもの(生きて在るということ自体)にまつわる悪である。自著ながら、このことを明確にした点で、学問的に重要な意味を持つ書と考える。

 

歎異抄第三条には「善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや、悪人をや」ということばがある。本書はこのことばを、人間が他の生命体や他の人間を排除する在りようを「悪」と捉えるものと解する。特にこの点を読んでほしい。

 

倫理学は人間の善悪の判断について、その基範を問う学であるが、本書を通じて、悪が相対的なものにとどまらず、絶対性を以て人間に迫ってくることが明らかになる。すると、いままでのように、善悪の問題に相対化してとらえる倫理学の研究が、その根底からゆるがされることになる。

 

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『出家とその弟子』

倉田百三(岩波文庫)

親鸞とその弟子唯円の思想を戯曲の形式でわかりやすく描いており、中・高校生にすすめられる。

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『法然と親鸞の信仰』

倉田百三(講談社学術文庫) 

法然の『一枚起請文』と親鸞の『口伝歎異抄』というわかりやすい二つの古典を分析することによって浄土教の本質に迫まっている。宗教に関心のある高校生にすすめられる。

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『仏教入門』

三枝充悳(岩波新書)

初期仏教についてわかりやすく概説する。宗教に関心のある高校生が、仏教の基礎について学ぶには絶好の書。

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中高生におすすめ BookGuide

『萬葉集釋注 一』

伊藤博(集英社文庫)

日本人の心の原点に触れることができる。

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『ソクラテスの弁明 クリトン』

プラトン 久保勉:訳(岩波文庫)

西洋思想の原点に触れることができる。

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『職業としての学問』

マックス・ウェーバー 尾高邦雄:訳(岩波文庫)

学問とは何かを考えるヒントになる。

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