計算機システム

乾電池の4分の1の電圧しかないレモン電池でもハードウェアは動くのか?消費エネルギーを限界まで下げる研究

塩見準先生

京都大学 工学部 電気電子工学科/情報学研究科 通信情報システム専攻

 

人工知能やIoT技術がホットな話題になっていますが、これら最先端の情報機器を支える裏方の主役は、コンピュータのハードウェア計算回路です。それはプロセッサと呼ばれています。塩見先生は、小学校の理科実験で用いられるレモン電池でも動くプロセッサを設計し、消費エネルギーを限界まで下げる研究にチャレンジしています。


コンピュータをただの「箱」にしない!レモン電池の可能性に挑む

プロセッサは、コンピュータの一番基礎になる半導体チップを集積して作られています。このコンピュータのハードウェアの計算回路があるからこそ、人工知能のような高度な計算処理も行うことができます。しかし、プロセッサを動かす電気エネルギーはいつか必ず枯渇します。そうなるとコンピュータはただの「箱」です。それでは困るので、もっと省エネルギーで動くプロセッサを作る必要があります。

 

そのために私はレモン電池を使いました。レモン電池は亜鉛版と銅板の電極をレモンに刺すだけで、電池を簡単に作ることができます。

 

 

ただし、乗り越えなければならない大きな困難があります。レモン電池だけでプロセッサが動けば確かに省エネですが、レモン電池単体は非常に限られたパワーしか供給できません。今回のプロセッサだとレモン電池は0.4ボルトの電圧しか出せません。これは乾電池が出す電圧のたった4分の1です。こんなしょぼいレモン電池でもプロセッサはちゃんと動くのでしょうか。私はこのようなとても低い電圧でも安定して動くプロセッサの研究開発を行っています。

 

 

では、低い電圧で動くとどのくらい良いことがあるのでしょうか。一般にプロセッサは1.2ボルト付近の電圧で動いていますが、レモン電池は0.4ボルトしか出せません。電圧は小さくなればなるほど消費電力は下がるという比例関係があるので、ちょっと計算をしてみました。すると、レモン電池で動くと従来の10分の1に省エネできること、ただしレモン電池はプロセッサの動作速度も同じだけ遅くなってしまうことがわかりました。これではいくら省エネになっても、実用上、プロセッサに使うことはできません。

 

忙しいときは高い電圧、暇なときにはレモン電池。メリハリのある電圧制御

しかし私はこのジレンマを克服する、素晴らしい解決法を見出しました。それはプロセッサを構成する半導体チップにかかる「基板電圧」というものを変えてやるという方法です。一口に電圧と言っても、“レモン電池”と表現していた電源電圧と、プロセッサを載せるシリコン(ケイ素)基板にかける基板電圧という2通りがあります。このうち基板電圧を変えてやるだけで、プロセッサの動作速度を変えることを発見したのです。そして、プロセッサに求められる動作スピードを満足しながら、消費エネルギーが最小になる1点を見つけ出しました。その結果、レモン電池でも動作速度を落とさずに消費電力を大きく省エネすることに成功しました。

 

 

これによって、私は、省エネにはなるが動作速度ものろくなってしまうという、低電圧動作のジレンマを克服しました。このアイデアに基づいて、消費電力を限界まで下げ、レモン電池でも動く実用的なハードウェアの設計に取り組んでいます。プロセッサが忙しく動いているときは高い電圧を使い、暇なときにはレモン電池のような低い電圧で使う、というふうにメリハリのある電圧制御を行うことで、大幅なエネルギー効率の改善が期待されます。

 

さらにハードウェアだけでなく、最小のエネルギーで、電源電池と基板電池を調節することによって、ハードウェアの上に乗るソフトウェアのプログラムにかかる電圧制御条件をリアルタイムに最適化することにもチャレンジしています。

 

塩見先生ミニインタビュー

◆先生は研究テーマをどのように見つけたのでしょうか。

 

もともとは学部生時代、「とても低い電圧でもちゃんと動く集積回路を作る」という研究をしていました。研究テーマに関係なく、私のモットーとして、「目の前で起きている現象を数学モデルでなるべく表現する」ということを続けていたら、数学を使って回路性能を予測したり、動作電圧を最適化するといった研究に繋がりました。日々体験する現象を当たり前のものとして受け止めるのではなく、一度現象そのものを疑ってみて、数学モデル等を使って定量的な考察を繰り返し行う姿勢が重要だと思います。

 

◆先生ご自身の高校時代は、どんなことに熱中していましたか。

 

高校は合氣道同好会と生物部に所属しており、どちらに関しても熱中した生活を送っていました。これとは別に、前にも述べたとおり、高校で習った数学や物理の知識を使って日々の物理現象を説明できないかよく考えるようにしていました。

 

例えば高校2年生の時に、「我々人間はどのように物を見ているのだろう」、すなわち「3次元物体が人間の網膜(2次元平面)にどのように映っているのだろう」、と考えたことがありモデル化したことがあります。次元に1を足して、「4次元物体を2次元平面に投影する」という手法を思いつき、文科省・JST主催の研究会(※)で発表して受賞した記憶があります。当時趣味で勉強していたプログラミング(C言語)と組み合わせて可視化プログラムを作ったらかなりウケたのも要因だったと記憶しています。日常現象をモデル化する姿勢を高校生の間から養うことが、将来研究者になるために重要ではないかと思います。

※平成20 年度スーパーサイエンスハイスクール生徒研究発表会

 

◆研究室のHP

所属する小野寺研究室HP

塩見先生のページ

 

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