ニューリーダーからの1冊

血栓止血学が専門の井上克枝先生(山梨大学)のおすすめ
『若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語』
月田承一郎(羊土社)
私の専門分野とは異なる本ですが、細胞生物学者の月田承一郎さんが亡くなる1カ月前に書き上げた渾身の書。研究はこんなにも夢中になれるものなのだ、ということを感じてほしいと思います。
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副作用のない血栓予防薬を開発し、心筋梗塞や脳梗塞をなくせ
井上克枝先生 山梨大学
<専門分野:血栓止血学>
出血したら「かさぶた」ができて、血を止める。それは血液中にある「血小板」や「凝固因子」のおかげだが、血管の中にかさぶたを作ってしまうと心筋梗塞や脳梗塞など命にかかわる病気の原因にもなる。日本人の死因の15%を占めるこれらの病気に必要な、副作用ない薬づくりに貢献する、「血の固まり方をコントロールする」研究をすすめる。
先生
井上克枝(いのうえかつえ)
専門分野:血栓止血学
山梨大学 医学部 医学科
/医学工学総合研究部 臨床検査医学 教授
1968年東京都生まれ 群馬県立前橋女子高校出身
研究
出血した時には、血液の中を流れている「血小板」という細胞や「凝固因子」という蛋白質が「かさぶた」を作って出血を止めます。しかし、ときに動脈硬化で傷んだ血管の壁に触れると、間違って血管の中で「かさぶた」(=血栓)を作ってしまい、血管を詰まらせ心筋梗塞や脳梗塞という命に関わる病気をおこすこともあります。
血栓予防のため、現在使われている抗血小板薬には、出血を止める作用も同時に弱くなるというジレンマがあります。それを解決できる新しい抗血小板薬を作べく、血小板や凝固因子の研究を行っています。
私たちは血小板の表面にCLEC-2(クレックツー)という蛋白があることを世界で最初に発見、CLEC-2は「かさぶた」作りに重要な役割を持つことも見つけました。意外なことに、CLEC-2はある種のがん細胞にくっついて、その転移を助けることもわかりました。私たちは、現在、CLEC-2の作用を弱める抗血小板薬やがんの転移を抑える薬剤(抗転移薬)の開発を大きな目標として研究を進めています。
血小板のCLEC-2 は、介して正常なリンパ管を作るのに必要であることがわかりました。血小板はかさぶたを作る細胞ですが、意外な役割を持っています。最近はこの「血小板の意外な役割」にもフォーカスを当てています。

この道に入ったきっかけ
小学2年生のときには将来医師になりたいと強く思っており、将来役に立つかもしれないからと、クラスの係決めのときにはかならず「保健係」に立候補していました。4歳から小児喘息であったためかもしれません。
高校時代
高1の時は喘息も出なくなり、楽しい高校生活を送っていましたが、高1の終わりに母親代わりだった曽祖母が脳出血で倒れたため、群馬県の高校に転校。3人の弟妹と父とともに家事を交替で行いつつ、高校生活を送ることになりました。最愛の曽祖母は半身不随、言語障害になり、自分の生活も激変し、喘息も復活して、私の暗黒時代でした。
曽祖母は2年間ほぼ寝たきりの生活を送り、私が高3の冬に亡くなりました。人生で初めての「もう二度と取り返しのつかない」ことでした。リハビリを頑張れば元に近い状態になれると思っていましたが間違いでした。もう治らないなら、余生を安楽に過ごせるようもっと気遣ってあげればよかったと後悔しました。このことは私の臨床医時代の診療姿勢に影響していたと思います。
大学時代
薬理学が好きでした。喘息のためテオフィリンやβ2刺激吸入薬を使用していましたが、使うとなぜ動悸がするのか、手がふるえるのか、そのメカニズムがみごとに説明されて、感動しました。このとき、将来、細胞内信号伝達を研究したいと思いました。
趣味・休日は?
仕事以外の時間はほぼ家事、育児です。子供たちと公園やプールに行くのが趣味かもしれません。最近下の子がコロ付き自転車に乗れるようになり、家族でサイクリングに行くことも。
先生の専門分野に触れる本

『若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語』
月田承一郎(羊土社)
私の専門分野とは異なる本ですが、細胞生物学者の月田承一郎さんが亡くなる1カ月前に書き上げた渾身の書。研究はこんなにも夢中になれるものなのだ、ということを感じてほしいと思います。
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