君がいる俳句のセカイ

第4回 俳句甲子園レポート

俳句名門校松山東高校vs. 脱力系俳句の祖? 灘高校

山口県立徳山高校、東京家政学院高校の俳句も紹介

 


俳人 佐藤文香さん

―俳句甲子園で活躍する高校生が主人公のマンガ『ぼくらの17-ON!』の中に登場する俳句を担当

俳句甲子園、前回はいきなり決勝戦の様子をお届けいたしましたが、それは大会2日目。1日目には松山大街道商店街をどどーんと使って予選が行われています。

私は予選Fブロック、灘高等学校vs.愛媛県立松山東高等学校の試合を見に行きました。松山東高は、第2回大会から連続出場している常連校。実は、私の母校なんです。最近では愛媛県内の高校の俳句部を集めて「合同練習会」をやったりしている、ガチな俳句部として有名です。出場理由について、「自分達自身をどのように表現できるか、またそれがどのように受け止められるかという探究心があると思います」と語ってくれました。

 

一方、灘高等学校(兵庫)はこの2年前が初出場の、比較的新しい出場校です。「顧問の先生の熱意によって文藝同好会員を中心にメンバーが集められ、チームができました」とのこと。顧問の先生、大事です。

 

兼題(お題)は「日焼」。

 

先鋒戦

赤(灘高校) 日焼け児の並び眠るや夜行バス

白(松山東高校) 海に礼揃ふ日焼の応援団

 

この試合、2対3で白。白の句、松山東高校といえばボート部や行事としてのボートレースが有名で、この句もその応援団を詠んだというディベートの流れだったのですが、正直「海に礼」でボートの句なら、松山東高校の先輩、神野紗希さんの〈海に礼桜紅葉の艇庫から〉の方がいいなぁと思って聞いていました。すると、審査員の青木亮人先生が、「この景色、海外から見た日本人だとすればシュールな句です、俳句ならではのユーモアがある」とおっしゃって、納得。勤勉な日本人をおちょくる視線とでも言いましょうか。高校のボートレースだなんてどこにも書いてないのですから、読者は、松山東高の生徒がつくった句として読むより、より面白い読みを展開することができるわけです。灘高も、それをつっこめればよかった。

 

中堅戦

白(松山東高校) 選挙権ぶら下げている日焼かな

赤(灘高校) 日焼しておほきく「ザ」と言ひにけり

 

「20歳から18歳に引き下げられようとしている選挙権、ここにいる日焼けした人たちみんなに権利があるという不安」といった、社会を詠んだ句に対して、「theなのか、ザッという効果音のようなものなのか」、ナンセンスな句。この句を読むと特に意味もなく「ザ」って、言いたくなる。それも、言葉の力かもしれませんね。内容があることだけが素晴らしいのではない。この勝負は2対3で赤。

 

大将戦

赤(灘高校) 首すぢの日焼ける女子に行き逢へり

白(松山東高校) 点滴のリズム日焼の腕に入る

 

灘高は妄想俳句です。「クラスに女子はいませんが、いつもは話さない女子、意外さを詠みました」とのこと。対して松山東は実感。「点滴のリズムが自分の体のリズムをつくる」。1対4で白。松山東の句は、日焼けした腕のクローズアップの一句として、つっこみどころがない句だったと思います。

 

3試合の結果、2対1で松山東が勝利しましたが、ここでも青木先生のコメントが光ります。「灘高は肩透かしのような句。昭和初期のホトトギスの写生のようなユーモアがあり、俳句甲子園では稀なタイプの作品」。

 

灘高はほかにも、

 油蝉半値になっていく惣菜(池田賢矢)

 シャッターを待つ変顔や秋初め(山下純平)

などがあり、俳句甲子園における脱力系俳句の祖、となるかも。大人に期待される眩しい青春だけが高校生らしさではなく、ディベートで説明しきれる句だけが名句ではないわけで、こういった妙な作品がたくさん出てきてほしいなと思いました。

 

「友達が300人もできるよ」の言葉にのせられ参加

続いて、予選Dブロックで惜しくも敗れてしまった、山口県立徳山高校の野名美咲さんにインタビューしてみました。

 

■どうして俳句甲子園に出場したのですか。

 

2014年の1月、俳句甲子園の講習会で初めて句を詠み、おだてられ調子に乗りました。「3日で友達が300人もできるよ」等の言葉にのせられ、講習会に来ていたメンバーの中でチームを組みました。第17回は敗退したことから、本気になりました!

 

■友達300人は凄い(笑)では、今回の自信作を教えてください。

 

 初蝉やパレットに色全部出す  野名美咲

 

■蝉の鳴き始めといえば初夏。パレットに色をすべて出して、今からなんでも描いてやるぞ、といった気概が感じられますね。聴覚と視覚のどちらからも夏らしさが感じられる一句です。

 

これからも俳句を続けますか。

 

続けます!!一人の俳人として、認められるようになりたい。くやしい思いもしましたが、本当に楽しかったです。表現をしている人は美しい。試合を、句を見て心の底から思いました。徳山高校の俳句甲子園への挑戦はこれからも続くでしょう。その最初の2年に私たちが関わることができたのは誇りです。

 

俳句が好きだ―!!!

 

反戦活動のリアルを書いた作品に驚き

最後にもう一校、東京家政学院高等学校の作品を紹介しましょう。

 

一昨年図書委員の高1を5人集めて出場し、東京予選で敗退。その後、出場したメンバーのうち2人が残り、春に3人新しいメンバーを入れて、どうにか5人で出場。本格的に取り組むようになったのはこの年に入ってから。そんな5人でしたが、それぞれの個性が光る作品に驚いたのは、東京予選の会場でした。

 

 母の日も体調悪い系女子か  高野恵 

 性病院に石碑眩しき若葉かな 八品舞子 

 

一句目。生理前だとか、偏頭痛とか、体調悪くなりがちな思春期の女子。その母もきっとそういう時期を経て母となった、あるいは今もそういう不機嫌さを持ち合わせているのでしょう。「◯◯系女子」という、流行の言い方を使いながらも、母の存在感や「母の日」が日常のなかのある一日であることを生かした一句です。

 

二句目、性病院というと少し前時代的で暗い響きの病院ですが、そこに眩しく立つ石碑、そして石碑にかかる若葉によって、命のきわどさの輝きに踏み込んでいます。

 

彼女らはこれらの作品で東京予選を勝ち抜き、全国大会に初出場を果たしました。予選通過はなりませんでしたが、そこで見て驚いたのがこの句です。

 

 向日葵や反戦はときどきみだら 神田くるみ

 

私は「戦争反対」と声を上げるために俳句を使うことに抵抗を感じていました。スローガンや標語は何かをやり遂げるための手段です。俳句は手段ではないと思うのです。

 

でもこの句は、反戦の、例えばデモにおける真実を描いている。夏の夜、薄着の若者が国会前に犇いて、街灯に輝く肌がときに触れ合う。「ときどきみだら」というだらっとした言い方から感じられるような、突破できない疲れや、二人で抜けて街へ繰り出すこともまた、反戦のリアルなのです。それが、向日葵の太い茎や黄色い花びらの生命感と結びつき、「今」を映し出した作品になりました。

 

他にも

 この星の遠足の乳母車かな(多賀日和子)

 先生は恋多きひと夕端居(大西菜生)

など。語彙だけでなく、言葉との対し方が自在で、もっと読みたい、と思わせられました。

 

そうなんです。俳句甲子園で、もっといろんな俳句が読みたい。審査員がひれ伏すような正統派の作品も、迷わず大爆笑の一句も、一句が掲げられた瞬間、しーんとしてしまうような、そんなものも。もっと読みたい。

 

佐藤文香のHAIKU BOOK CAFE 4

俳句の世界

小西甚一(講談社学術文庫) 

俳句を面白いと感じ始めたあなたは、俳句の歴史にも興味が出てくる頃では。俳句はもともと「俳諧の連歌」という歌の遊びから独立したもの、「俳句」という名前になるのはだいぶあとのことで、それまでは「発句」と呼ばれていた……みたいなことから昭和に至るまでの俳句の歴史と主要な作品を、カリスマ講師の授業風に紹介した一冊。案外読みやすいです。


ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石

伊集院静(講談社)

俳人正岡子規と親友夏目漱石、その仲間たちと志。近代文学の幕開けを描いた小説です。子規が打ち立てた新しい文学理論である「写生」に、彼自身挑戦するのはまさに青春。子規たちが俳句甲子園に出ていたらどんなチームだったかなぁ、などと想像するのも楽しいです(正岡子規が通った旧制松山中学は、私の母校の松山東高校の前身)。


俳句トゥ ザ フューチャー

吉沢緑時(芳文社コミックス) 

あの芭蕉が! 現代にタイムスリップ。中学教師の南野咲子の家に居候を始め、咲子の勤める中学校の相談員として、次々に俳句を披露し中学生を救うSFコメディー。毎回筆と短冊を出して俳句を書きまくる、肝心の字が美しくないのが気になりますが、句の鑑賞はなかなかで味わい深い。



佐藤文香(さとう・あやか)プロフィール

1985年生まれ。神戸市の郊外で育つ。小学校6年生のとき松山へ。中学校1年生のときに夏井いつき氏の俳句の授業で俳句をはじめる。松山東高時代に出場した俳句甲子園では、第4回団体優勝、第5回「夕立の一粒源氏物語」で最優秀賞。2006年、第2回芝不器男俳句新人賞対馬康子奨励賞受賞。

 

現在、俳句甲子園OGとして、各地で俳句講座・ワークショップを行っており、高校生には、国語ではなかなか教えられない、俳句作りの魅力を伝えるマドンナ先生として名をはせている。NHKラジオ第1「つぶや句575」、アキヤマ香『ぼくらの17-ON!』(双葉社/1~4巻)の俳句協力、「ダ・ヴィンチ」書評「七人のブックウォッチャー」の一人。


句集に『海藻標本』(宗左近俳句大賞受賞)、『君に目があり見開かれ』、詩集に『新しい音楽をおしえて』(電子版)、共著に『新撰21』がある。