現代資本主義論、金融危機、制度の経済学

ブラックスワンと金融危機~リーマンショックはなぜ起きたか

柴田徳太郎先生 東京大学 経済学部

おススメ本『資本主義の暴走をいかに抑えるか』

柴田徳太郎(ちくま新書)

資本主義の不安定性を解説した本。2008年秋に発生した金融危機が示したように、資本主義は不安定で不公正な取引を生み出す要素を抱え込んでいる。未来の予測は不完全にしかできないという点が、資本主義や金融取引の本質である。本書は、現在の世界的経済危機にいたるまでの市場と制度の進化を丹念にたどりなおし、どのような制度改革が望ましいのかを提言する。

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第1回 経済学という学問は、危機の制御を可能にするか?

~世界恐慌に学ぶ

最初に今日の表題の「ブラックスワン」から説明しましょう。1697年、オーストリアで黒いハクチョウが発見されました。誰もがハクチョウ(スワン)は白いと思っていたのに黒いということに驚き、想定外の事象のことをブラックスワン・イベントと呼ぶようになりました。経済事象で言えば数年前に起こったリーマンショックのような世界的な金融危機を指します。今日はそんな話をしたいと思います。


私の専門は世界大恐慌の研究です。危機の経済学は、1929年に起こった世界大恐慌から様々なことを学んでいます。それ以降の恐慌を未然に防ぐ仕組みやセイフティネットを構築することで、現代の経済学は発達してきました。具体的には国家財政の経済安定化機能、中央銀行の最後の貸し手機能、預金保険機構の拡充などによって、金融経済危機をより小さな規模に抑制してきた歴史があると言えます。

 

また金融技術や金融工学と呼ばれる学問の発達は、複雑な金融商品のリスク評価に客観的な基礎を与える貢献をしてきました。金融工学はリスクヘッジ(金融上のリスク回避)や投資の意思決定にかかわる工学として発展してきたのです。さらにIT技術の発達の結果、在庫管理の容易化が進み、経済変動の緩和を実現してきました。その意味では、科学技術と経済学の発達は、経済の発展と安定化に貢献する面を確かに持っていると言えると思います。


それにもかかわらず、最近に至るまで、ブラックスワン、つまり想定外の大恐慌のような事態はどうして発生するのでしょう。その理由の1つに、過去の経験から学んだ知識にはそもそも「想定」していないことが、未来に起こりうるということが挙げられます。言い換えると、過去の事象から共通点を探し出す帰納法という思考法には限界があるということです。帰納法は「……かもしれない」という蓋然的な推論に過ぎません。これに対し、演繹法はより理詰めの論証的推論をすることができると言えます。しかしそれでも机上で得た論証的推論は、現実問題に答えられないということが起こります。100年に一度起こるか起こらないかというような、ブラックスワン的な金融危機を予測することはそれほど難しいというわけです。

 

興味がわいたら  Book Guide

『資本主義の暴走をいかに抑えるか』

柴田徳太郎(ちくま新書)

資本主義の不安定性を解説した本。2008年秋に発生した金融危機が示したように、資本主義は不安定で不公正な取引を生み出す要素を抱え込んでいる。未来の予測は不完全にしかできないという点が、資本主義や金融取引の本質である。本書は、現在の世界的経済危機にいたるまでの市場と制度の進化を丹念にたどりなおし、どのような制度改革が望ましいのかを提言する。

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『世界経済危機とその後の世界』

柴田徳太郎:編著(日本経済評論社)

柴田先生の近著。リーマン・ショックに端を発した世界経済危機の背後には、どのような資本主義の様態があったのか。危機の要因とその後の世界を探る。

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『ブラック・スワン〈上〉不確実性とリスクの本質』

ナシーム・ニコラス・タレブ、望月衛:訳(ダイヤモンド社)

「ブラック・スワン」とは黒いハクチョウ、つまり、ほとんどありえない事象を意味する。リーマンショック前に発刊され、予言の書として全米でベストセラーとなった。人間の思考プロセスに潜む根本的な欠陥を、不確実性やリスクとの関係から明らかにして、経済・金融関係者の話題をさらった本だ。

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『フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く』

ラグラム・ラジャン、伏見威蕃・月沢李歌子:訳(新潮社刊)

世界金融危機をその3年も前に正確に予見し、世界中のメディアから大きな注目を浴び続ける経済学者の書。

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『リスク〈上〉神々への反逆』

ピーター・バーンスタイン、青山護:訳(日経ビジネス人文庫)

古代ギリシャの人々の思考様式、ルネッサンス・宗教改革による思考の自由化、保険の仕組みの考案などなど、「リスク」の謎に挑み、未来を変えようとした歴史上の天才たちのリスク探求を紹介。

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