刑法学

悪質な飲酒運転に懲役5年は軽すぎる!~刑法の改正・新設

曲田統先生 中央大学 法学部

『高校生からの法学入門』

中央大学法学部:編(中央大学出版部)

いじめ、SNS、ブラックバイト、そして18歳選挙権・・・。法律は、高校生の日常にも大きく関わっています。さらに、民主的で、平等な社会を作っていくための様々な工夫や知恵が、織り込まれています。本書は、高校生のうちから、日常生活の中で訪れる些細なことを「法的に考える」重要性を知ってもらいたく、中央大学法学部の憲法、民法、刑法、商法(会社法)、民事訴訟法、刑事訴訟法、労働法を専門とする9人の先生が執筆しました。刑法がご専門の曲田先生は、「第6章 いじめを軽くみるな!-刑法的思考の第一歩」を担当。

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第1回 人の命を奪ったドライバーに対して厳罰化。最高懲役20年

最近の刑法上の改正・立法の一例として、飲酒運転に対する刑法の対応についてお話しすることにしましょう。

 

かつては、酩酊状態で運転し人身事故を起こしたとしても、それほど厳しく処罰されませんでした。そのような行為を厳罰に処する刑罰法規(刑罰を予定する条文)がなかったためです。1999年に次のような事故が起きました。

 

場所は東名高速。サービスエリアなどで缶チューハイ250ml、ウイスキー280mlをストレートで飲んだトラック運転手は、酩酊状態でトラックを運転。しばらく走行すると、前を走っていた乗用車が前方渋滞のため減速。しかし酩酊のトラック運転手はそれにすぐに気付かず減速が遅れ、乗用車に激しく衝突。乗用車は炎上した。乗っていた家族4人の内、父親は重体、3歳と1歳の女児は焼死してしまった。

 

このような悲惨な事故を起こしたとんでもない運転手に対して、当時、刑法典において使える条文は、「業務上過失致死傷罪」(刑法211条)のみでした。刑罰でいえば最高で5年の懲役までしか予定していない規定です(実際は、道路交通法の「酒酔い運転罪」の規定も使えば、7年の懲役が最高刑になるのですが、話を複雑にしないため、道路交通法の話は取り上げないこととします)。裁判を経て実際に下された刑罰は4年の懲役でした(東京高等裁判所平成13年1月12日判決。なお、当時の新聞記事として、たとえば読売新聞2001年2月6日東京朝刊1面参照)。そこで、そのような刑法の実態に批判が多く上がりました(刑法改正を求める署名運動まで起きました)。窃盗罪(235条)でさえ最高刑は10年の懲役です。それなのに、前記のような運転手に対して最高5年の懲役というのは、やはり不当に軽すぎであったといえるでしょう。

 

そこで、こうした悪質きわまりない危険な運転をして、案の定、人の命を奪ったドライバーに対して、相応に厳しく対応できるよう、2001年に「危険運転致死傷罪」という新規定が設けられました(当時の刑法208条の2。今は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(いわゆる自動車運転死傷行為等処罰法)2条)。これにより、悪質な飲酒運転などで事故を起こし人を死傷させた場合、最高15年の懲役を科せるようになったのです。さらにその後、刑法の一部改正を受け、最高20年の懲役となりました。

 

最高懲役7年の「自動車運転過失死傷罪」の新設

ただ、この危険運転致死傷罪は、極めて悪質な運転をしたドライバーのみをターゲットにし、非常に厳しい刑罰を科すこと(最高20年の懲役)を狙いとするものでした。その意味では、予定されていた処罰範囲はごく限定的であったわけです。それ故、そこまで悪質とはいえない運転によって死傷事故を起こしたドライバーに対しては、軽い業務上過失致死罪で対応するしかありませんでした。

 

そこに変化が生じたのは2007年でした。そもそも自動車の運転は危険性の高い行為であるから(車は走る凶器とよくいわれますよね)、自動車で死傷事故を起こしたドライバーを、業務上過失致死傷罪という軽い罪で処罰すること自体がおかしい、より重く罰せられる罪を作るべきだ、という考えが強まり、「自動車運転過失死傷罪」の新設に至ったのです(当時の刑法211条2項。今は、自動車運転死傷行為等処罰法5条)。最高7年の懲役の罪です。これにより、自動車で死傷事故を起こしたドライバーは、少なくともこの罪で処罰されることとなりました。こうして、危険運転致死傷罪に問えなくても、ある程度重い刑罰を科すことが可能となったのです(また、危険運転致死傷罪じたいも改正されました。それまでは4輪車のドライバーにしか適用できない規定になっていたのですが、2輪車のライダーにも適用できるよう改まったのです)。

 

「危険運転致死傷罪」が科せられない「悪質運転」は最高懲役15年に

しかしみなさん考えてください。危険運転致死傷罪となれば最高20年の懲役なのに、ならなければ最高7年の懲役というのでは、なおも差があまりに大きく、それでよいかという疑問が生じませんか。実際、危険運転致死傷罪は、極めて悪質な運転(これが危険運転です)をした場合にのみ成立しますので、その手前レベルの悪質運転をしたドライバーは、一気に自動車運転過失致死傷罪に格下げとなってしまい、刑罰もガクンと軽くなってしまいます。そのため、これはやはり不適当であるとの認識のもと、事案の実態に見合った処罰体系に直すべく、2014年、「準危険運転致死傷罪」と呼ばれる罪が新設されました(自動車運転死傷行為等処罰法3条)。これにより、そのような悪質な運転をしたドライバーを最高15年の懲役で処罰することが可能となったのです。

 

ちなみに、飲酒運転に対しては、先に述べた規定の改正・新設だけではなく、道路交通法における関連規定の改正や、警察による取締まりの強化、さらには社会における飲酒運転撲滅運動など、様々な対応 策が展開されてきました。その甲斐あってか、統計上、飲酒運転による死亡事故の数は減少してきています。

 

 

警察庁交通局「平成26年中の交通死亡事故の特徴及び道路交通法違反取締り状況について」27頁より

『高校生からの法学入門』執筆者・曲田先生よりメッセージ

◆曲田先生執筆「第6章 いじめを軽くみるな!」

飲酒運転の厳罰化の話題と共に、いじめについても書いている第6章には、大きく、次の2つ願いを込めています。

第一に、いじめについて(もっともっと)真剣に考えてほしいということ。そして第二に、刑法という法律の特性を知ってほしいということです。

 

◇第一:いじめについて(もっともっと)真剣に考えてほしい

・いじめられる側(被害者)の辛く悲しい思いを想像できない者が、まだまだたくさんいる。読者一人ひとりに対して、あえて「あなたは大丈夫か。あなたのクラスは大丈夫か」と問いかけるような気持ちで、書き進めました。自分の日々の行動を、そして友人間の関係性を、誠実に振り返りながら、読んでほしいと思っています。

 

・実はいじめの多くが犯罪である、ということも是非知ってください。どんな行為が犯罪に当たるか、例示しました(103ページ以下)。いじめの実態を直視し、若い皆さんの力で、いじめをなくしていってほしいと強く願います。

 

◇第二:刑法という法律の特性を知ってほしい

・世の中を良くするには、犯罪が少なくならなければならない。刑法は、そういう観点から、犯罪に対して刑罰という厳しい制裁をもって臨む法律です。

 

・ただ、刑法が予定している刑罰は、人の利益を強制的に奪うものです。犯罪者本人がいやだといっても、死刑によって生命が奪われたり、懲役刑によって自由が制限されたり、罰金刑によって財産が剥奪されたりするのです。

 

・このような厳しい制裁が刑罰であり、刑罰を科すための法律が刑法ですから、刑法はことさら慎重に用いられなければなりません。刑法をルーズに解釈し、漠たる根拠のみで人に刑罰を科していくようなことになれば、人々は刑法の存在を恐れ、生き生きと生活することができなくなります。こうしたことにならいよう、刑法は、厳密な解釈をもって用いられなければならないのです。

 

・本章では、以上のような刑法の特性を(いじめ問題と並んで)理解してほしいと思いながら執筆しました。

 

※尚、本記事は、先生の執筆記事からの一部紹介です。

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興味がわいたら BOOKGUIDE

『入門刑法学・総論』

井田良(有斐閣)

刑法の基本について、親しみやすい文章によって、わかりやすく解説している本です。専門家でも唸るような本格的な分析が多々ちりばめられつつも、読者目線で丁寧に解説が加えられています。「いずれ法学部に入るかも」と考えている人におすすめできる、刑法の入門書です。

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『いじめとは何か』

森田洋司(中公新書)

いじめを社会がどのように把握してきか、いじめに対して社会はどのように対応し(ようとし)てきたかについて、具体的に、かつわかりやすく記述されています。いじめの特性や、いかにして歯止めをかけるべきかについて、本書とともに考えていくことができます。

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『複雑系社会の倫理学』

小林道憲(ミネルヴァ書房)

法はルールだとすると、法について考える際、一方で、何が正しいか、善とは何かといった問いが頭をもたげてきます。しかし、正と不正をどう区別するか、善と悪は何が違うのか。簡単に答えられる問いではありません。

本書は、現代社会の特質として、変動性・流動性という性質を掲げます。そういう特性をもつ現代社会において正・善をどう理解すべきか、人間の行為の意味について示唆を与えてくれます。

飛ばし読みでもよいでしょう。あえて肩の力を抜いて、こんな考え方もあるのか…こんなふうに考えられるのか…などと、発見を重ねながら読んでほしい一冊です。

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刑法学でリードする研究者

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