論理学・分析哲学・言語哲学

20世紀の大哲学者ウィトゲンシュタインの「哲学と一致させた人生」の謎に迫る

六甲学院中学・高等学校オーサービジット

『ウィトゲンシュタインはこう考えた』を読む

鬼界彰夫先生 筑波大学 人文・文化学群 比較文化学類 現代思想コース/人文社会科学研究科 哲学・思想専攻

 

第6回 前期の主著『論考』のコンピュータサイエンス、人工知能に与えた影響とは

ウィトゲンシュタインの哲学は、20、21世紀の科学に直接・間接に大きな影響を与えています。前期の『論考』の重要なテーマ=言語論と論理学は、現代のコンピュータサイエンスとも深いつながりがあります。彼の言語哲学は現代の「コンピュータ」という概念の源泉の一つだと言って過言でありません。

 

厳密に言うと、ウィトゲンシュタインの哲学のもとになった記号論理学の創始者は、フレーゲというドイツの数学者・哲学者です。19世紀末、思考と推論を計算化する記号論理学を独力で作った人で作った人です。フレーゲは人間が無意識に行っている推論を、完全に厳密で、計算可能な記号体系によって表現しました。それが記号論理学です。ウィトゲンシュタインの論理哲学はフレーゲが築いたその記号論理学を用い、言語と思考と世界が相互にどのように関係しているために我々は言語を用いて世界の有様を捉えられるのかを明らかにしようとしました。

 

こうした考えをきっかけとして、人間の思考と計算可能な記号体系の関係がさらに深く探求され、その中から、そもそも人間にとって計算とは何かという問題が立てられるようになったのが、現代のコンピュータの理論的土台である計算理論の始まりです。そうして生まれた「計算」という概念を、仮想の機械(「チューリング・マシン」)の動作(アルゴリズムとも言います)として表現したのがチューリングという数学者です。その結果フレーゲの論理学とそこで行われる推論が、厳密に定められた機械的手順で行えることが示されます。つまり人間の思考と推論が、(記号論理学で表現できる限りにおいて)機械的計算によって遂行可能なことが示されたわけです。こうしたことからチューリングは計算機科学の創始者の一人と言われます。このチューリングのモデルこそ、今日コンピュータのもとになったものです。(チューリングもケンブリッジ大学で学び、既にチューリングマシーンの考え方を示した後になるが、ウィトゲンシュタインが1939年に行った数学の基礎に関する講義に参加し、毎回激しい議論を彼との間で繰り広げた。)

 

その後しばらくして、この仮想の機械が真空管によって現実化され、最初のコンピュータが誕生しました。このように、記号論理学と計算理論を用いて人間の思考と推論を計算化することによって、複雑な思考を単純な計算の膨大な積み重ねとして実行するアルゴリズム(これを定まった記号言語で表現したのが「プログラム」です)としてのコンピュータや人工知能という概念が生まれたと言えるんです。

フレーゲは、思考を機械による計算とするために記号論理学を作ったわけではありませんが、結果としてそれは「計算機」という概念の不可欠な土台となりました。フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインを経ないと、計算機科学が生まれてこなかったことは確かでしょう。

 

興味がわいたら Bookguide

『生き方と哲学』

鬼界彰夫(講談社)

 

「世界は新しい社会秩序と新しい宗教を必要とするとひとびとはいう。けれども、まさに知識の過剰によって混乱させられたわれわれの世界が、一人のソクラテスを必要とするということには、だれも気づいていない」(キルケゴール『死に至る病』)。

 

ウィトゲンシュタインの一度体系化した分析哲学を捨て、現実を生きるための言語観に基ずく新たな哲学を構築していった「生きることと哲学をすること」とを繋げた生き方、そしてその後期の言語ゲームとしての言語観を、下敷きにしつつ、生に悩む若者に向けて「自ら考えることにより自分の生きるべき生き方を見い出すためのヒントや助言や励まし」を与えようとした。そしてニーチェ、アリストテレスなどの哲学者、ドストエフスキー、チャンドラーなどの文学者などの哲学・思想も引いた哲学的考察を通すことで、生き方そのものに、哲学者が、真正面から向きあった数少ない「生き方」本。その先に見えた「自分として有る」とは? 他者と共に生きる倫理的な知とは? 東日本大震災をはさんだタイミングに執筆されたことで、「新しい日本を作ろうとする若者」に対する鬼界先生からのメッセージにもなっている。

 

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(本オーサービジットは2015年2月に実施されました)